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VRの進化が働き方改革を加速させるか。VRを使った遠隔コミュニケーションの未来

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2020.06.15

新型コロナウイルスの影響で、リモートワーク導入による働き方改革が一気に加速した2020年。ビジネスシーンにおいて、ビデオ通話ツールを活用したミーティングが増え、遠隔コミュニケーションは不可欠となっています。

 

イノラボでは、遠隔コミュニケーションの質の向上に向け、より親密なミーティングや対話が実現できる可能性を模索してきました。着目したのが、高い没入感を得られるVR空間上でのコミュニケーションの可能性。1on1ミーティングを題材に、対面・ビデオ通話・VRの条件間でコミュニケーションの質がどう変化するかを検証しました。プロジェクトを手掛けた飯田倫崇、XR(AR/VR)アプリの開発を手掛ける柗村裕に、調査から見えた遠隔コミュニケーションのあり方、VRのビジネス活用の未来について聞きました。

 

 

飯田 倫崇

飯田 倫崇
機械学習ソリューションアーキテクト

柗村 裕

柗村 裕
XR Engineer

VRの没入感が遠隔コミュニケーションを改善させるか。産学連携で調査をスタート

 

飯田:

VRを活用した遠隔コミュニケーションは、2010年代半ばの段階で、エンジニアたちから注目されていました。働き方改革が叫ばれる以前から、スタートアップやベンチャー企業のエンジニアたちが「VRでリモート出社」「VRミーティング」といった先進的な試みを実践していた。近い将来、本格的に導入される日が来るかもしれないと、彼らの実践を興味深く見ていました。

 

そこで抱いた疑問が、「VR活用がビジネス ミーティングにおいて、どれだけ意味があるのか」ということでした。「VRミーティングをやってみた」という発信はあっても、実際の効果を検証したという報告はほとんどありませんでした。それならば、イノラボで実験し、被験者から集めたデータでエビデンスをとりたいと考えました。

 

行ったのは、1on1ミーティングの実証実験です。2018年末から実験計画を立て、2019年5月から行いました。実際に上司・部下の関係性がある23組で、被験者が、「対面」「ビデオ通話(SkypeまたはZoom)」「VR(Oculus Rooms)」それぞれの条件下で計3回ミーティングを実施。ミーティング後の心理状態を次の3つの尺度で測りました。

 

目的遂行度:どれほどミーティングの目的を遂行できたか

会話満足度:どれほど満足のいく会話ができたか

PANAS(簡易気分評定尺度):ポジティブ情動 8 項目、ネガティブ情動 8 項目の計 16 項目にそって、自分がどんな気分・感情になっているか

 

ビジネスシーンでの遠隔コミュニケーションには、1on1以外にも、複数人で発信し合うブレインストーミングや、一人が対複数に行うプレゼンテーションなどさまざまあります。実験で1on1にしたのは条件を一定にしやすく、ミーティングの目的を明確に定めやすいという理由からでした。

 

※実験概要

実施時期:2019年5月~7月

実験参加者:29名(上司6名・部下23名 計23組)

実施方法:ペアごとに、1週間おき、1回25分程度の1on1ミーティングを、対面、ビデオ通話、VRをランダムな順番で実施

 

実験にあたっては、東京大学人文社会系研究科(社会心理学の唐沢かおり研究室)の博士課程でいらっしゃる谷辺哲史さんに入っていただき、PANAS導入などさまざまなアドバイスをいただきました。谷辺さんは「ロボットと社会心理学」というテーマで社会心理学の若手研究賞を受賞されています。イノラボでは別件でロボットの社会実装の研究開発も行っており、ロボットの社会受容性の研究でディスカッションをしているご縁で、今回も一緒に実験をすることとなりました。

 

VR導入には「体験・コンテンツ設計」が大事

飯田:

VRの没入感は、遠隔コミュニケーションでの相互理解、満足度をより深めるのではないか――。そう楽観的に期待していましたが、実験で見えたのは、「VRが目的遂行度、会話満足度においてビデオ通話より良いとはいえない」という結果でした。

 

1on1では、バーバル(言語)コミュニケーションが通じれば目的は遂行されたようで、VR化する効果は少なかったようです。没入感を得ずとも必要な情報がキャッチできればいいので、ビデオ通話で十分というのは改めて考えてみると、納得の結果です。複数のメンバーで3Dオブジェクトなどを扱いながらディスカッションするなどVR空間を生かした状況であれば、結果も少し変わったかもしれません。

 

調査によって感じたのは、VR活用には「体験設計」が重要だということです。どんなに技術が進歩しても、対面のリアルコミュニケーションには敵わない。そうなると、VR空間を現実に近づけるよりも、VR空間というプログラマブルに操作できる特性を生かした体験設計を追求した方が良いかも知れない。VRだからこそできること(背景を自由に変えたり、アバターを操作したり)を生かした非現実的を体験できた方が良いかも知れない。あえて現実から遠ざかる発想の意義や、“単にVR化する”だけでなく、質の高いコンテンツ設計が大事なのだと改めて気づかされました。

 

VR導入には「体験・コンテンツ設計」が大事

VR導入には「体験・コンテンツ設計」が大事

イノラボでは、最先端テクノロジーを使ったプロジェクトが数多く動いています。しかし、テクノロジーフォーカスで「この技術がすごい!」で終わっては意味がない。大切なのは社会とのつながりや、実際に技術を使うユーザがどう感じるかだと思っています。「ユーザが最先端テクノロジーを使ったらどんな心理状態になるのか」を検証し、最先端テクノロジーと社会受容性の両方を見ていきたい。私自身が心理学を学んできたこともあり、技術と人間、両輪をリサーチしてプロジェクトをランニングさせたいという思いが強くありました。VR遠隔コミュニケーション調査はまさに、それを体現したものでした。

 

今後のVRの進化に期待していること

松村:

ビジネスコミュニケーションの中でも1on1は言葉の交換が多く、VR活用に必然性がないことが分かりました。VRを活用する価値があるケースは、空間デザインなど位置関係を認識する必要があるもの、身体動作を伴うティーチング、などの3D空間自体が必要なケースだと今は思っています。ただ、VRのテクノロジー進歩によって、コミュニケーションの改善や、新しい活用方法が期待されます。

 

コミュニケーションの改善で期待している機能は「表情のトラッキング」です。

現在VRデバイスの開発をリードしているFacebookは、VRデバイスを装着したユーザーの表情の変化を、アバターに取り込んでいる研究開発段階の動画を公開しています。(出典:https://www.moguravr.com/hyper-realistic-virtual-avatars/)

 

1on1の実験では、対面やビデオに比較して顔の表情が見えず、話しづらいという意見がありました。表情のトラッキング機能が現状のVRデバイスに搭載されれば、また実験の結果が変わってくるかもしれません。

 

コミュニケーション以外で期待する機能は、ユーザーの眼の動きを追跡する「アイトラッキング」です。この機能が搭載されれば、ユーザーが商品のどこを見ているのかなど、細かな目線の動きからニーズを探ることができるようになるでしょう。例えば、小売店がVR上に仮想ショップを作り、ユーザーに入ってもらう。商品棚のどこを、どんな順番で見るのをデータで分析し、店舗のマーケティング戦略に活用できます。

 

イノラボには、「テクノロジー活用によって生活者の“行動変容”を促す」というビジョンがあります。今後もあらゆるプロジェクトで、生活者視点に立った実証実験を進めていきたいです。VRを使ったら、こんなビジネス活用ができるんじゃないか。アイデアを持ち寄って、お互いの発見につながるように、パートナーの皆さんとの協業を楽しんでいきたいと思っています。