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遠隔コミュニケーションデバイス「TiCA」で実現する、人間拡張の世界

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2020.08.21

360度カメラ、全方位向けLEDアレイ、マイク・スピーカーで構成される、球体状の遠隔コミュニケーションデバイス「TiCA(Trans-interactive Communication Agent:チカ)」。ネットワークを介して遠隔にいる人同士のコラボレーションや、人とロボットとの協調社会を実現するデバイスとして、IoA(Internet of Abilities)を提唱する東京大学暦本研究室とともに開発しました。イノラボと東京大学暦本研究室が共同開発をしたものです。

 

2018年3月には、TiCAと、自動運転や宅配ロボットを手掛けるZMP社の宅配ロボットCarriRo Deliveryを組み合わせ、品川港南エリアの複数の複合施設内を自律走行し、コーヒーをオフィスまで届ける実証実験に成功。2018 ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSクリエイティブイノベーション部門においてブロンズを受賞しました。

本プロジェクトの企画・開発をリードした岡田敦に、TiCA開発の思い、TiCAがもたらすニューノーマルの働き方について聞きました。

 

岡田 敦

岡田 敦
空間テクノロジスト

常にそばにいるパートナーのような、人間拡張機能をもったデバイスが作りたかった

TiCA発想の原点は、ゲゲゲの鬼太郎の「目玉おやじ」です。

肩に乗った目玉が、「こっちの道は車が少なくて安全だよ」「さっきすれ違ったのは〇〇さんだよ」「財布を置き忘れているよ」などと教えてくれる。同じ音や景色を共有しながら、第3の目になってサポートしてくれるパートナーがいたら心強いだろうというのが、当初描いたイメージでした。

 

開発の原点は「いつも身近にいてサポートしてくれ、一緒に成長するデバイスを作りたい」という思いだった
 

TiCAは、目玉を連想させる球体表面に全周囲を見渡すための2つの180度カメラ、カメラ以外の表面を覆う、全方位向けに並べられたLEDアレイ(ディスプレイ)、マイク・スピーカーを備えたウェアラブルデバイスです。遠隔にいる人は、TiCAを着けた人の周囲の様子を見聞きでき、コミュニケーションをとることができます。

 

例えば、TiCAを装着したAさんが買い物をする際、遠隔で自宅にいるBさんが、どれを買うか相談しながら選ぶことができる。物理的距離に関係なく、遠隔コラボレーションが可能になるのです。

 

ほかにも、日本語を話せない訪日外国人にTiCAを装着すれば、通訳が遠隔から操作し、伝えたいことをフィーリング含めて代弁できるようになります。自分にない語学力をTiCAが補ってくれることは、人間の技能拡張につながります。遠隔にいる第三者の力を借りて一時的に技能をインストールするように、できることを増やす。ウェアラブルデバイスによる人間拡張は、TiCAが目指す未来のあり方の一つでした。

 

 

TiCA開発でとくに注力したのが、表面を覆うように並べたLEDアレイをディスプレイとして用いて、遠隔にいる人の目線の動きを再現できるようにした点です。イノラボと暦本研究室では、「相手と目が合う(アイコンタクト)」ことが、コミュニケーションを円滑にする重要な要素であるとして、遠隔の人の目線を再現したコミュニケーションの実現を目指しました。

 

目線の再現の方法として、遠隔で操作する人の目線をトラッキングし、遠隔で見ている物の方向に配置された、LEDディスプレイを光らせて、TiCAの周囲の人と遠隔の人の「目が合う」ように設計しました。TiCA(遠隔の人)が何を見ているかをTiCAの装着者やその周囲の人が理解できるようにすることで、指示語などでTiCAが周囲の人と会話ができたり、意思を汲み取ったりできることを目指しました。

 

この仕組みの評価のため、研究室内でTiCAを介した遠隔会議を実施したところ、「自分を見て話してくれている」など、誰に向けてメッセージを発しているかわかるようになり、スムーズなコミュニケーションができる、という意見が得られました。難しい会話などで遠隔の人が困ると、TiCAのLED光の目線が泳ぐように動いてうろたえているように見えるなど、目線により多くの情報が伝わる可能性が示されました。

 

TiCAは遠隔の人の目線を表示するほか、全体的に青や赤色に点灯させることにより、感情なども表現できるように工夫をしました。TiCAの目線に関する基礎検討の成果を暦本研とイノラボは論文としてまとめ、国際学会であるACMのHAI2018で内容を発表しました。

https://dl.acm.org/doi/10.1145/3284432.3284439

目線に合わせた表現ができることが、TiCAプロトタイプの大きな特徴だと言えるでしょう。

 

目線が向く方向に光る全周囲LEDディスプレイ。TiCAと向き合う人は、遠隔にいる相手が自分のことを見てくれていると感じる

 

宅配ロボットとTiCAのコラボレーションで、人とロボットの共存社会を目指す

TiCAはもともと、人に装着するデバイスを想定して作られました。ただ、開発が進むうちに、TiCAをロボットに装着すれば、ロボットと人との対話を遠隔でサポートできると気づきました。こうして、「人とロボットの共存」をテーマに実施したのが、ロボットベンチャー企業ZMP社との実証実験でした。

 

実験では、ZMP社の宅配ロボット「CarriRo Delivery」にTiCAを装着し、品川港南のオフィスエリアを自律走行してもらいました。ミッションは、イノラボオフィス周辺のコーヒーチェーンにオーダーしたコーヒーを運び、イノラボのミーティングスペース(19F)まで届けること。その間に、エレベーターに乗れない、ベビーカーを押す通行人がいる、前方に人がいて通れないといった障害を設定。宅配ロボットだけでは突破できない難関も、TiCAがコミュニケーションをとることでスムーズに行えるようになるのか実証実験をしました。

 

実証実験でのミッションは「品川港南エリアのオフィス街からISID品川本社19Fまでコーヒーをデリバリーすること」

 

実験では、「少し道を開けていただけますか」、「エレベーターに乗せていただけますか」など周囲とコミュニケーションをとりながら、無事ミッションをクリア。実験後のアンケートでは、TiCAとコミュニケーションをとった人、通行人(計50人)のうち8割が、今後のロボットの配送サービス実施に賛成すると答えました。

 

今回の実証実験において工夫したのは、遠隔の人の音声と音量、周囲の声を拾うためのマイクなどの音周りのハードウェア構成、TiCAの光らせ方です。今回の宅配が実現した要因として、宅配ロボット/TiCA(遠隔の人)と、TiCAの周囲の人とのコミュニケーションが成り立ったことが挙げられます。つまり、宅配ロボットの意思が周囲に伝わり、受け入れられたということです。

 

まず、TiCAから出力される遠隔の人の声は、ボイスチェンジャー機能によって、あたかもロボットが話しているような声に変換をするようにしました。実際にTiCAと会話をした16人からのアンケート結果では、宅配ロボットとのコミュニケーションが成立したと回答しています。

 

ボイスチェンジャーを利用したコミュニケーションの成立が示すものは、遠隔の人がどのような人かが問題にならず、誰もがサポートが可能になっていくことが示唆されている点です。働き方が急激に変化する中において、声質を変化させるだけで、年齢や性別、いる場所に寄らず、誰もがロボットをサポートする遠隔の人になるという、これまでにない働き方が成り立っていくことが示唆されたとも言えます。声の愛らしさ、親しみやすさが、ロボットとの対話が受け入れられた一つの要因になったとも考えています。

 


道を開けてもらったら、LEDディスプレイが感謝の感情を表す青色の表示になるなど、感情伝達に工夫を凝らした

 

また、ボイスチェンジャーを利用した声が周囲の人に届かなければ意味がありません。TiCA自体はウェアラブルの思想だったので、スピーカは小型でTiCAに内蔵されたものでした。しかし、屋外では音が非常に小さく、宅配ロボットの周囲2~3メートルにいる人に音を届けることが困難であることが、本実証実験前のフィールドワークで明らかになりました。
これについては内臓スピーカとマイクを交換し、十分に屋外でも声でやりとりができるデバイスを複数試し、調整と実験を重ねることでクリアしました。

 

TiCAの光らせ方については、卓上やウェアラブルでTiCAを使うときには、目線が有効でした。しかし、実際に本実証実験前に台車の上にTiCAを設置して検証をしたところ、静止している人から動いているTiCAの目線を見ても、あまり印象の残らないのではないか、という疑問が出てきました。そこで、信号機を参考に、問題のないときには青くゆっくり光る、稼働中には緑色に点滅、危険や注意を引きたいときには赤く早く点滅するような光らせ方をしました(追加図)。オペレーターの音声と光り方がうまく連動することで、宅配ロボット全体が意思を持った話し方を実現できたのではないかと推測しています。

 

実際のアンケート結果は肯定的な内容が多かったものの、品川というIT系の企業が多い企業での受け止められ方であり、バイアスが少なからずあるように感じています。アンケート結果の中には、宅配ロボットが「時速3-4キロで制御不能になって突っ込んできたら怖い」という意見もありました。でも、「ここを通ります。どいていただけますか」など言葉を発してくれるのならば、怖いという感情は和らぐでしょう。遠隔ユーザーが介入することで、宅配ロボットなど人間環境で働くロボットがより馴染みやすいものとできれば、デリバリーサービスなど、屋内外で人にサービスを行うロボットの活用可能性が広がっていくかもしれません。

 

言葉でコミュニケーションをとれると、人々の安心感につながる

 

 

TiCAが具現化したIoAの世界観。新たな働き方改革の可能性が広がる

TiCAの実証実験結果は、2018 ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSクリエイティブイノベーション部門でのブロンズ受賞につながりました。

 

評価いただいたポイントの一つが、TiCAがもたらす「IoA」の概念です。IoA(Internet of Abilities)とは、東京大学の暦本教授が提唱する、ネットワークを介して人の技能(アビリティ)が行き交うという考え方。これは、遠隔の人が持つ自分にはない技能を、一時的に自分に取り入れることができる「人間拡張機能」の要素の一つです。

 

その能力の拡張の対象が人ではなく、ロボットにも適用できることを実証実験を通じて示したこと、それにより、人間環境で働くロボットを社会に溶け込みやすくするためのヒントが提案できたことが、今回の受賞につながったのではないかと考えます。

 

TiCAのサービスの概念は、決して新しいものではありません。海外では視力をサポートする支援団体「Aira」が、全盲の方のメガネにGoogleデバイスを設置し遠隔指示を行うサービスを開発しています。また、国内ではオリィ研究所の分身ロボット「OriHime」によって、あらゆる人が社会参加できる仕組みを提案しています。他にも、新型コロナウィルスの影響により、各社が進めている遠隔サービスがこのタイミングで急速に進みつつあります。

 

世界中の企業がテレプレゼンス系技術を競って取り組んでいる中、TiCAは何ができるのか。遠隔サービスはさまざまな形が存在して良いのだと思いますし、そのツールが選択できることが重要だと思います。今回の実証実験ではTiCAというLEDアレイに覆われた球体デバイスでしたが、これがiPadに置き換わり、人の顔が写っていたら、また印象の違うものになっていたでしょう。

 

今回の実証実験ではそこまで示すことができませんでしたが、シチュエーションによって、相手の顔が見える方がいいケースもあれば、ロボットのような無機質なデバイスの方がいいこともあると思います。人に言われるよりロボットに言われた方が素直に意見を聞けたり、プライベートで人に話したくない内容でも、ロボットであれば話しやすいシーンもあるでしょう。

 

そのような中で、TiCAは表面にディスプレイを備えて、目線であったり感情であったりを表現できるデバイスとして独自の利用価値が見出せればいい。そして、それが生きるシーンは数多くあるのではないかと考えています。

 

今回の実証実験では、遠くの人の能力を自在に借りて、自分がエンパワーされるデバイスを目指していました。しかし、それだけではなく、さまざまな働き方を人に提供できるデバイスとして、また、働くロボットが社会に浸透しやすくなる仕掛けとして、新たな世界観を作れたことは、本プロジェクトでの大きな成果であったと思います。

 

今後、TiCAの活用でチャレンジしたいことの一つとして、国内外での接客アウトソーシングがあります。

 

例えば、TiCAのようなテレプレゼンスの技術があれば、アメリカの深夜のコンビニ接客業を、日本人が遠隔で対応することが可能になります。目線や感情、声などコミュニケーション要素にフォーカスしたTiCAだからこそ、日本の高レベルな接客サービスノウハウを、場所の制約なしに世界中どこへでも提供できる。もしかしたらそれが、日本が世界でプレゼンスを発揮する一つの道になるかもしれません。

 

ボイスチェンジャ機能によって、ジェンダーや年齢にとらわれず働け、いろんな人の社会参画が可能になる面もあります。ロボットライクな声が適さない業態であれば、人間の声で対応することもできるでしょう。

 

非接触、非対面で誰かの力の貸し借りができる価値は、これからどんどん高まっていきます。コミュニケーションが主となるサービスの代替を遠隔の人ができるようになれば、カフェやホテルや病院などにも活用の幅が広がっていきます。