
テクノロジーを使って社会課題を解決する、株式会社電通国際情報サービスのINNOLAB(イノラボ)では、高齢化や人口の減少が進む宮崎県綾町への移住・定住を支援するために、個人の「まちへの貢献」をアプリでスコア化する実証実験を展開している。スマートフォン向けアプリ『AYA SCORE』を使ったこのプロジェクトの意義と未来について聞いた。
地方の人の利他的行動をスコア化するというアイディア
近年、中山間地域や離島などの農村地域においては、都市部に先駆けて高齢化や人口の減少が進行している。政府も都市と農山漁村との交流人口の増加と農村部の人口減の抑制を政策目標に掲げている。
この状況を「地方と都会の分断」と表現するのは、イノラボでまちづくりや地方創生に関わってきた所長の森田浩史である。
「都会の人が地方と関わるときに、一番わかりやすくお金が動いているのはふるさと納税です。地方にとっては大きな財源なのですが、いっぽうで、都会の人からすると、その町に思い入れがあって継続的に関係を維持していきたいというわけではなく、おいしそうなお肉があるから買おう、という動機であることが多い。一回限りの関係ではなく、その地域に対して共感を覚え、継続的に応援するという意味での関わりを持ってもらうにはどうすればいいかと考えていました」(森田)
森田が興味を持っていたのが、中国で2015年から運用されている「ジーマクレジット」だった。個人の行動が信用スコア化され、スコアが高いと得点が得られる仕組みで、アリババグループのモバイル決済サービス「アリペイ」の付帯機能として登場し、政府が後押ししていることでも知られる。
「これを日本の地方でポジティブに運用できないかと考えました。人の利他的な行動や思いやりの活動をシステム的にスコアリングする仕組みを作り、定量的にその地域の思いやりや優しさを数値化・見える化することができると思ったのです」(森田)
都会の人が地方の町に出かけよう、住んでみようと思うとき、ぼんやりとしたイメージで「思いやりのある優しい町がいい」とイメージする。それをスコアという数値で見える形にすることによって、安心してその地域に出かけていき、何か行動を起こすきっかけになるのではないかという仮設を立てたわけだ。
この森田のアイディアは、農林水産省が主導する2019年の「農山漁村のスマート定住条件強化型施策」として採用され、有機農業が盛んな町として知られる宮崎県綾町の綾町地域定住推進協議会とともに、新規就農者の定住支援を中心に思いやり行動・助け合いの町づくりを促進するためのICTを活用した「綾町ローカルスコア制度」としての導入が決定した。
楽しみながら参加できるゲーミフィケーションの要素を重視
森田がプロジェクトリーダーとなり、利他行動をスコアリングをする仕組みを、多くの人が利用するスマートフォンのアプリで実現することになった。アプリは宮崎県綾町の名にちなんで『AYA SCORE』と名付け、町への貢献に繋がる活動を「ふれあい活動」「助けあい活動」「農業応援活動」「地産地消活動」の4つのカテゴリに分類。活動を行うことにより、アプリ上でQRコードを読み取り、スコアが加算されていく仕組みだ。
アプリの設計を担当したUI/UXデザイナーの鈴木貴裕は、『AYA SCORE』の設計においてもっとも大切にしたことを「楽しみながら参加できること」だと言う。
「楽しんで参加していたら自然と町に貢献していた、利他的な行動をしていたということになるよう意識しました。たとえば、スコアを積み重ねることでちょっとユニークな称号がもらえる、イベントに参加する度にバッジがもらえる、また、多くのスコアを獲得した方をランキングで発表するといったゲーミフィケーションの要素をふんだんに入れ込みました」(鈴木)
アプリ画面には綾町のイメージキャラクターである「もりりん」も登場。もりりんが優しく語りかけることによって、ともすれば固く見えてしまう「スコア」を柔らかく表現した。また、幅広い年齢層が使用することを想定し、できるだけシンプルに、複雑な操作が必要ないよう心がけた。
鈴木は、2019年11月に綾町で行われた有機農業推進大会で『AYA SCORE』がお披露目された際、現地に行って住民へのインストール支援もおこなった。その際に登録してくれた高齢ユーザが、現在も日々活動に参加し、高いスコアを維持し続けてくれていることが励みになっているという。
鈴木が目指すのは『AYA SCORE』をハブにして新しいコミュニケーションが生まれることだ。町への貢献の結果として「心がキレイな綾のリーダー」といったユニークな称号がもらえるなどの楽しさを味わい、それが会話の糸口になってくれれば、と期待する。
チーム同士での顔の見える丁寧なコミュニケションが大切
鈴木の思いを実際に形にしていったのが、開発を担当したアプリエンジニアの平原誠也だ。開発から3か月の短期間でリリースまでこぎ着けた。
「鈴木の考えたUXデザインや画面デザインを、エンジニアリングの部分で落とさずにいかに再現できるかということを大切にしました。予算の限られた実証実験ということと、リリース後の機能開発のスピード感を高めるためにも、iOSとAndroidの両方で動作するクロスプラットフォームアプリとして開発をおこないました。ただ、そのプログラミング言語を使うのが初めてだったので、ペースをつかむまでは苦労しましたね」(平原)
平原は、同時にプロジェクトマネージャーとして綾町側とのコミュニケーションを取る役割も担ったが、「まずは現地に出かけていって町長に挨拶をするところから始めた」という。また、打ち合わせの際、相手にとってよくわからない『IT的な単語』を極力使わないように意識した。同じレベルでの理解に立ったうえで、議論と合意形成をおこなうことが重要だからだ。
「こういった取り組みは、行政と地方自治体、そして我々のようなサービス提供者とが一丸とならないとうまく進んで行かないというところがあります。たとえば、スコアが上がるともらえるインセンティブには、現地の自治体の協力が欠かせません」(平原)
『AYA SCORE』には、トータルスコアが10以上になると、町の農林振興課から貸し出してもらえる有害鳥獣用の捕獲罠の貸出期間が、原則1か月のところ、さらに1か月延長してもらえる特典が第一弾として設定されているのがその一例だ。
平原は、関係者を巻き込みつつ、すべての人が「我が事化」できる持続的な仕組みが必要だと感じている。そのためにも、顔の見える丁寧なコミュニケーションは、やはり何よりも大事だと語る。
アプリを使ったソーシャル・キャピタルの効果をデータ分析
この実証実験では、ソーシャル・キャピタル(=人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴)の測定を軸に、『AYA SCORE』が町に及ぼす影響の効果検証を進めている。
農林水産政策研究所の佐々木宏樹氏を共同パートナーとして調査を進めているのが、データアナリストの松山普一だ。まずは第一段階として、2020年7月から8月にかけて住民アンケート調査をおこなった。
調査では主観的幸福度や、地縁的活動、ご近所付き合いといった「結合型」のソーシャル・キャピタル、ボランティア活動や友人とのつきあいといった「橋渡し型」のソーシャル・キャピタルについて聞いた。
「結果、綾町民は、そもそも主観的幸福度が全国平均よりもかなり高い水準にあり、ソーシャル・キャピタルに寄与する『町内外の人と人との結びつき』に関連する指標でも全国平均と比較して高い水準を示していることがわかりました。なかでも『AYA SCORE』利用者は、非利用者と比較してこれらの水準がより高いことが統計的有意差として現れています」(松山)
調査では、年収は主観的幸福感の要因ではないという結果も出ており、これは佐々木氏が都市部と農村部の主観的幸福感を測定した2018年の先行研究(Hiroki Sasaki, Do Japanese citizens move to rural areas seeking a slower life? Differences between rural and urban areas in subjective well-being. Bio-based and Applied Economics, 2018)における結果とも整合する。
この調査結果は2021年3月に行われた日本農業経済学会にて佐々木氏から報告され、今後は論文投稿も予定されている。今回の分析はあくまでも一時点での結果であると断ったうえで、松山はこう述べる。
「『AYA SCORE』で楽しみながらスコアを獲得するといった小さなきっかけが、町全体の協調行動を活発にしていくという可能性があります。今後の調査でそれを明らかにしていけたらと思っています」(松山)
地方に貢献した都会の人を「デジタル住民」に
『AYA SCORE』の実証実験は3つのフェーズに分かれている。まずフェーズ1では、利用ユーザーを増やすことで思いやりと助け合いを促進し、住民の幸福度や定住意向の向上を目指した。現在はフェーズ2で、綾町を「助けあいのまち」として全国に認知してもらい、関係人口を増加させるブランディング展開をおこなっているところだ。
「都会の人にこのアプリを使ってもらいたいと思っています。具体的には、綾町にふるさと納税してくれた方は『AYA SCORE』でスコアをつけることができるようになります。既に実装は終わっており、今年中に始める予定です」(森田)
最終の第3フェーズで目指すのは、思いやりある住民とのマッチングによる移住希望者や就農希望者の増大と定着だが、その前に森田には構想がある。それは「デジタル住民」というコンセプトの実現だ。
「移住定住の促進を目指しているとは言っても、いきなり宮崎県の町に移住してもらうというのはかなりハードルが高い。それならば、都会の人に、もうひとつの故郷として、デジタル上で綾町との中長期的な関係性を構築してもらおうと考えています」(森田)
都会に住む人々が地方と関係する方法は、ふるさと納税だけではなく、ネット直販で野菜を買う、都会の売り場で特産品を買う、直接訪問するといった様々な形がある。そういった都会の人達の支援行動を『AYA SCORE』を使ってスコア化することで、より貢献度の高い人はデジタル住民として認定され、町への愛着を高めてもらったり、実際に行ったときに「ちょっといいこと」があるような、両思いの関係を作る仕組みだ。
「都会では、企業だったら売り上げ、国だったらGDPをのばすための経済活動を皆で一生懸命にやっています。それで便利になり発展してきたわけですけれど、いっぽうで人々は孤独感やストレスを感じながら生きているわけですよね。しかし、ソーシャル・キャピタルの高い地方は、収入に関わらず幸福感が高いということがわかっています。デジタル住民という形でそういった地方と関係性を構築していくことで、都会の人は幸福感を感じられるようになっていく、地方は経済が活性化していくという好循環を生みだしていきたいと考えています」(森田)
都会と地方の幸福な関係を紡ぎ出していくためのテクノロジーを使った実証実験は、まだ進行途中。『AYA SCORE』で得られる新しい町作りの結果に期待したい。
取材・文/池田美樹(EDIT THE WORLD & CO.)
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