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Webアプリのライブ配信で乗車を疑似体験! 広島被爆電車運行プロジェクト

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2020.11.18

被爆電車運行プロジェクトは、中国放送と広島電鉄が被爆70年プロジェクトの一環として2015 年より始めたものです。毎年7~8月に被爆当時の塗装を施した路面電車「被爆電車653号」を運行し、車内では被爆当時の惨禍や復興エピソードの映像を上映してきました。
イノラボは、乗車中の体験コンテンツや乗車後の観光促進施策における技術協力を進めてきましたが、2020年度は、新型コロナウイルス感染拡大に伴い乗車体験が中止に…。
しかし、コロナ禍だからこそ「世界に広く平和のメッセージを発信しよう」という関係者の思いから、無乗客の被爆電車を運行し、イノラボは乗車の疑似体験ができるWebアプリの開発とライブ配信の支援を担うこととなりました。
プロジェクトに賛同した思いや、開発に向けた苦労、被爆電車の運行を終えて見えた、リモート観光アプリの今後の展望について、西川敦に聞きました。

 

西川 敦

西川 敦
空間テクノロジスト

被爆電車の運行によって原爆の悲惨さを伝えていく。プロジェクトの意義に共感した

「被爆電車運行プロジェクト」について知ったのは、今年1月のことでした。プロジェクトを主催する広島電鉄さんと別の案件で携わっており、打ち合わせの中で、被爆電車運行プロジェクトが話題に上がりました。

 

広島の復興の象徴として走り続けてきた路面電車を運行し、車内での映像上映により、原爆の悲惨さ、復興の歴史を伝えていく――。もともと鉄道の旅が好きな私にとって、非常に興味深いプロジェクトであり、イノラボが技術貢献できる余地がたくさんあるのではないかと思いました。何より、車庫に眠っていた「被爆電車653号」の実物を見せていただいたとき、強く心揺さぶられるものがありました。

 

被爆し真っ黒こげになっても、広島電鉄さんが「直してまた走らせよう」と大切にしてきた歴史ある車両。2006年に引退したものの、平和を考える象徴として将来につないでいくため、保全に力を注いできたと聞きました。その意義に共感し、ぜひお手伝いさせていただきたいと申し出ました。

 

江波車庫
戦時中に走っていた青色を復元した、愛らしい姿の「被爆電車653号」。走行中は当時のまま、重々しいモーターの唸るような音がする。

 
 

本プロジェクトは、2015年より毎年7~8月にかけて広島市内を運行し、車内で被爆当時の惨禍や、復興のエピソードの映像を上映してきました。ただ、乗客が映像に集中するあまり、車窓から見える街並み、原爆ドームなどの見どころを見逃してしまうという課題がありました。また、乗客は外国人のお客様からお子様、ご高齢の方など多岐にわたっており、ターゲット層に合わせたコンテンツを提供すべきではないかという議論もありました。

 

そこでイノラボでは、手元のスマートフォンのGPS機能を活用し、映像とスマホ情報を連携させたコンテンツを作るアイデアを立案。被爆電車が走っている位置情報に応じて、戦時中および復興時の写真や出来事、そして現在の様子を、紙芝居のように見せられれば、車窓から見える景色とスマホの情報、車内で流れる映像とを照らし合わせて楽しめるのではないか、電車を降りた後も被爆や平和について考えるきっかけにつながるのではないかと考えました。

 

被爆電車内
例年の車内の様子。VTRを上映するモニターが4台設置され、戦争中の広島の様子や、被爆電車を復刻させた経緯についてなど、様々なコンテンツが流れる仕組みになっていた。

 
 

ただ、具体的に動き出そうと思った矢先、コロナ禍により、プロジェクト自体が中止になる可能性が浮上しました。当初は、乗客を集めるイベントは主催できないという意見が多勢でした。しかし、私には「原爆投下に負けなかった路面電車が、コロナにも負けずに走っていること自体が、人々の希望になるのではないか」という思いがあり、皆さんと議論を重ね、無観客(無乗客)を前提としてどんな貢献ができるのかに焦点を絞ることとなったのです。

 

結果、コロナ禍での「被爆電車運行プロジェクト」は、8月6日、9日に、無観客での運行を実現させることができました。疑似乗車体験という新たなチャレンジと、リモートで旅行を楽しむ可能性を示せた点でも、非常に学びのあるものでした。

 

Webアプリケーション開発にこだわり、車内からの景色とライブマップを配信

無観客運行に伴い、当初想定していた、ユーザーが持つスマートフォンのGPS機能を活用し、映像とスマートフォン情報を連携させたコンテンツを配信するという企画は実現が難しくなりました。そこでイノラボが手がけたのは、「ひろでんビュートラム」というWebアプリケーションサービスです。電車に搭載されたGPSや、車内に設置された360度カメラを制御し、プロジェクト当日の映像配信を行いました。これにより、走行中に運転席から見える景色に加え、どこを走行しているかをライブマップでリアルタイムに見ることができます。ライブマップでは、被爆電車653号の現在の走行地点が3D地図の上に表示され、最寄りのスポットにまつわるエピソード、市民の方に投稿いただいた写真・イラストなどを車窓映像と同時に見ることが可能な仕組みになっています。

 


「ひろでんビュートラム」WEBアプリケーション画面(2:17~1:17:13)。2020年8月6日(木)13:00から無観客で運行した「被爆電車653号」にあわせて配信した動画キャプチャ(参照:https://tram.innolab.works/)。走行時間は約1時間。75年前に、653号が実際に被爆した江波車庫前から出発し、原爆ドーム前→広電本社前→広島駅と、復興した広島の街を走った。

 
 

今回のプロジェクトの最大のチャレンジは、ネイティブアプリケーションではなく、Web アプリケーションで開発することでした。国内外の多くの方に模擬乗車体験を楽しんでいただきたいという思いで、スマートフォン、タブレット、 PC どこからアクセスしても同じように見えるコンテンツを提供したのです。

 

ストアアプリに代表されるネイティブアプリケーションは、技術的にできることが多く、ストアを介した配信により、アプリ自体の認知度が上がりやすいと言えます。一方で、ユーザーにとっては、アプリをインストールする手間がハードルになり、気軽にアクセスできない面があります。また、完成したアプリをストアが審査するため、配信までにタイムラグが生じてしまいます。

 

先の状況が読めないコロナ禍では、直前の修正が生じる可能性があり、開発から配信までタイムリーに進められることに価値がありました。自由度の高さは大きな魅力であり、イノラボとしても、Webアプリケーションでどこまで技術的に高度なサービスを展開できるのかは、チャレンジポイントでした。

 

今回のプロジェクトでは、電車に搭載されたGPSを使ったり、車内に設置された360度カメラを制御したりと、ネイティブアプリケーションのほうが実装しやすい機能を、Webアプリケーションでも積極的に試しました。

 

その結果、OSやブラウザによる挙動の違いに対応するための試行錯誤はありましたが、Webアプリケーションでも、今回の企画を実現できました。また、スマートフォンアプリであれば、Apple iPhone 用、Google Android 用、PC用など各端末やプラットフォームに合わせて開発しなければいけませんが、Webアプリケーションであれば、一つのプログラム設計で動き、保守や開発コストも抑制可能となったのです。

 

リモート旅行や地域の鉄道観光支援へ、映像配信技術の活用を考えていく

今年、乗客体験は叶わなかったものの、コロナ禍での新たな試みにより、できたことも多くありました。

 

一つは、8月6日と9日に被爆電車を運行できたことです。6日は広島に、9日は長崎に原爆が投下された日。さらに9日は、被爆からわずか3日後に、広島電鉄が電車を走らせた日でもあります。例年は平和記念式典の日程と重なることにより、電車を走らせることは難しく、運行したことはありませんでした。今年はコロナ禍で式典自体が縮小されたために実現でき、原爆の日に被爆電車が街中を走るということで、海外からも取材が来ました。多くの市民が、電車に向けて手を振ったり写真を撮ったりと、注目していただきました。

 

そして、今回のWebアプリケーション開発、疑似乗車体験の取り組みは、今後の旅行や地域活性化に、一つの選択肢を提示できたのではないかと思っています。

 

Webアプリケーションは、ネイティブアプリケーションのようにOSの細かな機能を使用できないので、動画編集などの高度な処理を行うアプリ作成では、ネイティブアプリケーションにかないません。ストア配信がなく、宣伝効果も低いといえます。ただ、旅先で情報を得たいときは、その地域について検索しアプリに自らたどり着く方も多いでしょう。インストールのために情報を入力したり認証操作をしたりという手間なく、Webアプリケーションにすぐにアクセスし情報取集できたほうが、ユーザーに喜ばれる可能性が高いシーンもあると考えます。

 

Webアプリケーションから入り、興味を持ったらさらに高度な機能が搭載されたネイティブアプリケーションをインストールして移行するという、2つのアプリの橋渡しにも活用できるでしょう。

 

また、withコロナの時代の今、「現地には行けないけれど行った気分を味わいたい」「遠方から、地域の観光業を応援したい」というニーズは高まっています。今回開発したアプリの技術も活用して、リモート観光で車窓や車内の景色を楽しめれば、国内外どこにいても乗車体験ができ、投げ銭のような金銭的サポートの仕組みにもつながります。

 

さらに、昨今の災害で鉄道の運行がままならなくなっている地域は多く、これからも出てくるかもしれません。復旧までの間、リモートでの鉄道観光の動画配信を行い、復旧にかかるお金を寄付する。あるいはお金ではなくても、以前その地域を訪れたときに撮った景色、周辺のお店、鉄道の写真、イラストなどを提供し、配信コンテンツづくりに貢献するという関わり方もできるかもしれません。そんな新たな支援のあり方も、今回の映像配信技術を応用して進められるのではないかと考えています。

 

地域にとって大事な交通機関である鉄道。地域の生活の足であり、観光客にとっては存在そのものに価値があります。今後は、MaaSなど移動サービスを組み合わせることで地域観光の入り口になる可能性があり、イノラボとしても、リモート観光や鉄道観光に関する実証実験を重ねて、技術開発、技術貢献を進めていきたいと考えています。