
ユーザー体験を重視したサービスやモノの設計が重要視されている現在。イノラボでは認知され始めたデザイン思考アプローチのさらなる可能性を求め、2016年に千葉工業大学の安藤昌也氏が“UXデザインアプローチ の一つとして研究している「利他的”UXデザイン」のアプローチにいち早く着目。利他的UXとは、他者を助けたくなるデザインのことで、今回は利他的UXを取り入れた「オフィス空間・働き方」をテーマに、安藤氏とともに研究・検証を進めました。この研究から見えてきたこととは?デザイン思考やUXデザインに関する研究を進めているUX Design Directorの澤畑祥太氏に話を伺いました。

澤畑 祥太
UXデザインディレクター
デザイン思考を活用したアプローチの発展形、利他的UXデザインに着目
澤畑 漫然とモノを作れば売れた時代は終わり、ユーザー体験を考えたサービスやモノの設計が重視されるようになった現在。日本でもデザイン思考やUXデザインを重視する動きが加速し始め、本当に求められるモノを作らないと選ばれない社会になりつつあります。
私は学生時代から20年以上UXデザインを専門にしており、その必要性をずっと訴え続けてきました。世の中がUXデザインを必要だと受け入れるようになった転換点の一つが、スマートフォンの登場。それまでは、日常的にさまざまなサービスに触れることは少なかったと思いますが、スマートフォンで24時間365日、常時インターネットと接続された状態になったことで、UXデザインの重要性が脚光を浴びるようになってきたのだと思います。
今回イノラボでは、そうして認知され始めてきたデザイン思考を活用したアプローチの発展型として、UXデザイン研究の第一人者、千葉工業大学の安藤昌也教授が提唱している「利他的UXデザイン」に着目しました。
利他的UXデザインとは、ユーザーの使い勝手を良くする従来のUXデザインとは少し違う、「他者を助けたくなるデザイン」のことです。それを考えるにあたって必要なのは、助けてほしい人の助けてほしいことが、明らかになっている状態をつくること。たとえば、Aさんが誰かに助けてほしいと思っていても、行動で示さなければBさんは気づけません。
ごく当たり前のことなのですが、実生活の中で「助けてほしい」ことを示せて、他者が「助けたくなる」ような、人と人が助け合う利他的行動を軸にデザインを考えると、具体的にどのようなユーザーエクスペリエンスを構築することになるのか。それを検証するために「利他的UX×オフィス空間・働き方」をテーマに共同研究を実施しました。
この共同研究は2016年に行いましたが、研究からしばらくして他社が開発した「利他的な行動を伴うサービス」が新規サービスのコンテストで入賞するなど、利他的UXデザインのアプローチは求められる兆候にあります。イノラボでは、それにいち早く着目して研究を実施できたことに価値があると自負しています。
利他的UXデザインで、相互作用や助け合いが生まれるオフィス空間を提案
利他的UXデザインの検証にあたり、今回の研究では「次世代イノラボオフィス ビジョン検討」と題して、イノラボメンバーを集めたワークショップを開催しました。まずは働き方に関するニーズを洗い出し、利他的に働きたくなる空間とは何か、仲間を助けたくなる働き方はどんな価値を生むのかついてディスカッションを実施。
ワークショップではさまざまな声やアイデアが出たのですが、なかでも多かったのが「みんながやっていることを知りたい、知った上で自分が役に立てる知見があればシェアしたい」という意見です。イノラボは専門性の異なるメンバーが集まった、いわば“ITサーカス団”。一人やプロジェクト単位で集中して仕事をするのはもちろん大事ですが、定例会などの場以外でも他のプロジェクトの情報をもっと気軽に知れて、積極的にメンバー同士が関わりたいというニーズが顕在化したのです。
そこで、これらのアイデアや意見を参考に、誰が何をやっているかがわかり、助け合いが促されるオフィスのレイアウトを作成。オフィス空間はもともと利他的な行動が多い環境で、今までもコミュニケーションは取れていましたが、よりプロジェクト同士がコラボレーションしやすい、気軽に声をかけて自分が持つ知見を他のメンバーに伝えやすい設計にしました。
図1 ワークショップで明らかになったイノラボメンバーの理想的な働き方に、オフィスコンセプトへつながる要素を検討
図2、3 2つのオフィスレイアウトコンセプトを提示。イノラボらしい、利他的な働き方を実現するオフィス空間の提案を行った。
そもそもオフィスを設計する際に、具体的に誰のどんな働き方を実現させるのかまで提言したケースはほとんどなかったのではないかと思います。それが今回、見た目に優れるのみのオフィスではなく、イノラボのメンバーが本当に求める働き方が実現できて、かつ利他的UX デザインのアプローチから助け合いをしたくなるレイアウトを設計できたことは、新たな価値の創出だったと思います。
また、この先リモートワークが浸透すると「オフィスに来る意味は何か」を問うシーンは増えると思います。そういったときも、人と人との関係性を利他的行動でデザインしたオフィスなら、集まることの意味や価値が明確になるのではないでしょうか。
一方で、研究を進める中でわかったのは、人を助けたいと思って行動するためには自分ごと化が必要だということでした。自分ごと化ができていない状態では、人は利他的な行動を取りづらい。だから、利他的UX デザインを取り入れるには、今回のようなワークショップなどで自分ごと化するプロセスを踏むことが大切です。
本当にユーザーのことを考えたモノやサービスで溢れる社会を目指して
今回の共同研究は、次世代のUXデザインやデザイン思考のアプローチを検討する上で、非常に意義あるプロジェクトだったと思います。
昨今の時代の潮流としても、新規サービスのコンテストで「助けて欲しい人と助けたい人の関係性をデザインしたサービス」が相次いで入賞するなど、利他的UXデザインは求められる傾向にあります。それにいち早く着目して身近なテーマで検証できたことは、イノラボ がデザイン思考の未来を考える上でも大きな成果だったと思います。
利他的UX デザインに関しては今回の研究で一区切りとなりますが、今後はまちづくりなどのソーシャルデザインを求められる領域に、利他的UXデザインを生かせる可能性はあると感じています。また、一人の作業に対するユーザー体験の向上ではなく、複数人がコミュニケーションを取りながら作業を行うような場合の課題解決にも、利他的UXデザインは寄与する可能性が高いでしょう。
UXデザインやデザイン思考という言葉は、ある種バズワード化していますが、デザインするということは、人のために考えることです。サービスを提供する先にいるユーザーのことをとことん考えたモノ作りが成される社会、「使って良かった」と素直に感じられるようなモノやサービスで溢れる未来を実現するためにも、これからも一歩先ゆく研究を続けたいと思っています。
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