
「ISIDの優れた活動や成果を全社に広め、称える」ための第1回AHEAD AWARDを受賞した、AIマグロプロジェクト。マグロの品質判定アプリ「TUNA SCOPE」の開発により、職人たちが10年以上かけて習得するといわれるマグロの品質判定技術をAIに学ばせることに成功しました。感覚に裏付けされた匠の技をAIに学ばせる上で、どんな苦労があったのか。AI技術活用のあり方について、プロジェクトを手掛けた森田浩史に聞きました。

森田 浩史
Interpreter
AIによるマグロの品質判定が、ヒューマノロジーを体現した事例に
天然マグロの品質判定という匠の技術を、AIに受け継がせる――。「プロジェクト 匠テック」構想の一つとして進めたAIマグロの取り組みが、第1回AHEAD AWARDを受賞しました。
【プロジェクト概要はこちら】
匠の技術をAIが受け継ぐ ~天然マグロの品質をAIが判定~
AHEAD AWARDの「AHEAD」とは、ISIDグループが2019年に刷新した行動指針のことです。Agile(まずやってみる)、Humor(人間魅力で超える)、Explore(切り拓く)、Ambitious(夢を持つ)、Dialogue(互いに語り尽くす)の5つの頭文字を取り、「先駆けとなる」行動を示しています。新しく掲げたビジョン「HUMANOLOGY for the future(人とテクノロジーで、その先をつくる)」と合わせ、ISIDらしいプロジェクトとは何か、社員投票で決める新たな取り組みです。
Aマグロ以外にノミネートされたものは、キャッシュレスや自動車メーカーとの大規模プロジェクトなど、ビジネスとして実績が挙がっているものが多く、これからビジネスを開拓していく前提の本プロジェクトはものすごく異質でした。
AIマグロは、事業の屋台骨を支える案件でもなければ、そもそも業績に貢献できるかもわかりません。それでも、「匠の目利き力をAIが習得させる」という新しい挑戦に、多くの社員の方が共感し、投票してくれました。HUMANOLOGY(人とテクノロジーの融合)を体現した内容として評価していただき、とてもうれしく思っています。
国内の一次産業、製造業や流通業の現場では、熟練された匠の技術がその品質を支えています。しかし、技術の習得には何年、何十年もの時間がかかり、後継者の育成が難しいという課題があります。こうした社会課題への新たな解決策として、AI技術活用のあり方を示せたことも、プロジェクトの成果の一つです。
AIによって、言語化の難しい匠の技を丸ごとインストールできる
本プロジェクトの最大の難しさは、AIが学習する対象物が“天然マグロ”だという点です。
マグロは、漁船で急速冷凍され、各漁港に運ばれてから品質の良し悪しが判断されます。尾に近い部位を切り取り、断面の状態を匠が一目見るだけで、高級料亭に送られるような良質なものか、そうでないかがわかる。品質による価格差は大きく、品質判定の正確さは重要です。
このマグロの断面をAIに学習させ、匠の目利きがなくてもAIによって品質を判定できるようになれば、後継者不足問題を解決できるかもしれない。匠の目利きがその場にいなくても品質を確認できればサプライチェーンを変えられるかもしれない。ただ、マグロの断面をAIに学習させることなどは、世界の誰もやったことがなく、本当に特徴をAIで捉えられるかは未知数でした。
そもそも、マグロの仲買人に、「あなたの暗黙知をデータ化してAIに学ばせたい」と話しても、なかなか耳を傾けてくれません。漁港にデータ解析エンジニアたちが訪問し、匠と協調するという取り組み自体が、非常にチャレンジングなものだったのです。
AI学習に必要なのは、膨大なデータです。そこで、実際に検品作業にエンジニアが立ち会い、匠が「このマグロはA品質」「これはB品質」などと判定した断面を、黙々と撮影し、評価を記録していきました。
冷凍庫の中で3時間、猛スピードで判定されるマグロを必死に記録していくエンジニアたち。データを取るための「検証用アプリ」を作り、効率的にデータ収集ができるよう様々な工夫はしたものの、いつ凍傷になってもおかしくない、非常に過酷な環境でした。このデータを、どんなアルゴリズムを使えば、正確な判定を再現できるようになるのか。先が見えない中で撮影を続けるのは、心身ともに大変な体験だったと思います。
リアルな世界で、人が暗黙的に持っている技術、言語化が難しい目利き力をデータ化し、AIに学ばせようというのは、ネットの世界だけでは完結し得ない取り組みです。日本社会を支えている職人技をはじめ、私たちがノウハウとして持っている技術は、形式的なものではありません。長い年月をかけて感覚的に習得したものを、人に継承しようと言語化すると、その過程で落ちる情報がたくさんあるのです。
ここにAI(ディープラーニング技術)を活用すると、言語化のプロセスをとらなくても、データの特徴をとらえて法則性を見出すことができるようになります。マグロの仲買人が判断する、言葉では言い表せられない微妙な色合いの違いも、AIがそのままコピーし、インストールできる。この匠テックは、日本社会を支えているさまざまな職人技に適応できるのと考えています。
テック企業として、AI活用の在り方、問題提起を続ける
プロジェクトではその後、マグロの断面画像から得られる色合いや脂ののり方、身の縮み方などの学習・評価を繰り返し、最終的に品質判定エンジンが完成。スマートフォンアプリ「TUNA SCOPE」のリリースまでたどり着きました。そして、実際の寿司店(東京駅八重洲地下街にある「産直グルメ回転ずし 函太郎Tokyo」)で、AIが判定した高品質マグロを販売したところ、9割以上のお客様から高評価をいただきました。
このアプリによって、匠がいない漁港でも同じような品質判定ができるようになれば、人の制約、場所の制約がなくなります。匠のもとに輸送する必要がなく、お客様先へ直接届けることも可能になります。さらに、マグロを漁船から水揚げする前に、漁師さんによる品質チェックができれば、品質レベルに応じて、送る漁港先が変わるかもしれません。
仮に、国内での需要がない品質だったとしても、海外に需要があるのなら、破棄せずに輸出するという選択肢が生まれます。必要な消費者に早い段階で届けることで、フードロスの解消にもつながります。
私たちは今、大量生産・大量消費の“量の時代”から、必要なものだけを必要な分消費する“質の時代”へと移行しつつあります。どこでも誰でも品質判定できるようになれば、サプライチェーン構築も、より消費者ニーズに応じたものへと変わっていくかもしれません。
今の時代、テクノロジー活用のあり方を問題提起することは、テック企業の使命でもありまう。そして匠の技をAIに置き換えるという「匠テック」の考え方は、イノラボから社会へのオープンクエスチョン(公開質問状)でもあります。AI活用の在り方には、まだまだ議論の余地がありますが、「AIで世の中をこう変えていきたい」「こんな課題に活用すれば世の中の発展に貢献できるはず」といったテックの論点は、今後も積極的に打ち出していきたいです。
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