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施策の効果が見えにくい「働き方改革」の効果をAIで可視化

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2020.08.03

「働き方改革」や「健康経営」の一環として、様々な施策をオフィスに導入する企業が増加しています。生産性向上、コミュニケーション活性化に加え、「座りすぎ」解消をはじめとするワーカーの健康改善効果が期待されています。しかし、オフィス環境と従業員の行動の相関を定量的に計測する手法は確立されておらず、施策の効果が見えにくいという課題がありました。そこで、ABW(Activity Based Working:従業員がその時の仕事内容に適した場所や作業席を選択できる働き方)に着目し、オフィスリノベーションによる働き方改革が、社員の健康や行動に与える影響を明らかにする共同実証実験を実施。その成果は環境と公衆衛生分野の国際学術雑誌に論文掲載されました 。定点カメラによる動画撮影と最新のディープラーニングを活用した画像解析技術を用いた実証実験について、software engineering psychologistの飯田倫崇氏に話を聞きました。

 

※ Jindo, T.; Kai, Y.; Kitano, N.; Wakaba, K.; Makishima, M.; Takeda, K.; Iida, M.; Igarashi, K.; Arao, T. Impact of Activity-Based Working and Height-Adjustable Desks on Physical Activity, Sedentary Behavior, and Space Utilization among Office Workers: A Natural Experiment. Int. J. Environ. Res. Public Health 2020, 17, 236. 
https://www.mdpi.com/1660-4601/17/1/236

 

飯田 倫崇

飯田 倫崇
software engineering psychologist

活動量計と画像認識技術で、働き方改革の成果を可視化

数年前から「働き方改革」や「健康経営」が叫ばれ、企業はさまざまな施策をオフィスに導入するようになりました。しかし、オフィス環境と従業員の行動の相関を定量的に計測する手法がないため、実際の効果が見えにくいことが課題でした。

 

また、オフィスで長時間座ったまま仕事をするワーカーが増えたことから、「座りすぎ」による健康影響が指摘されています。しかも、日本は世界一座っている時間が長いと言われる国。ISIDのオープンイノベーションラボであるINNOLABと株式会社オカムラ、公益財団法人明治安田厚生事業団の3社で、オフィスワーカーの健康課題である「座りすぎ」に着目し、オフィス環境改善による0次予防の有効性を検証する実証実験を行いました。

 

実証実験のフィールドは、オカムラさまの「KEN-CO LABO(健考ラボ)」。オフィスリノベーションは、従業員がその時の仕事内容に適した場所を選択して働くという新しい働き方のコンセプトABW(Activity Based Working)の考え方を取り入れました。ABWのコンセプトに基づき、リノベーション後は、様々な広さのオープンスペース設置やグループ単位で使える執務机配置などを設置しました。

 


実証実験前のオフィス


実証実験後のオフィス

 

そして、リノベーションの前後で従業員の行動がどう変わったのかを計測するために、従業員には活動量計を装着してもらい、オフィス内には約15台の定点カメラを設置。オフィスリノベーション前と後でそれぞれ3日間ずつフロア内全体を動画で撮影し、当時の最新ディープラーニング・アルゴリズムを活用した画像解析技術で従業員を自動検出しました。

 

撮影した動画から「いつ、オフィス内のどこに、何人の従業員がいたか」を認識・検出するための一番のポイントは、それぞれのカメラの設置位置決めでした。電源が確保できて、オフィス移動の妨げにならない場所。かつ、AI の認識精度が高くなるように意識をし、それぞれのカメラでオフィス全体を捉えるようにする。様々な制約条件の中、必要最小限のカメラをどの場所に置くかは、実際のオフィス環境の中で試行錯誤をしました。

 

カメラを設置後は、動画解析を行い、経過時間ごとに各エリアにいる従業員の位置と人数を集計し、オフィスの見取り図に表示するシステムを開発。オフィスリノベーション前と後で人の移動にどのような変化があったのかが視覚的にわかるような仕組みを実装しました。

 

 

ABWの考えを取り入れたリノベーションで「座りすぎ問題」を解消

検証の結果、リノベーション時に回遊型通路を作ったことで、自ずと従業員は歩く時間が増えたという面もありますが、リノベーション後はリノベーション前よりも自席で座っている時間が減少し、共有席や作業スペースにいる時間が増えていることがわかりました。

 

なかでもユニークだったのは、共有席や作業スペースの入り口近くや窓側の活用度が高かったこと。活動量計からも、明らかに活動量が増えたことがわかり、ABWを目指したリノベーションによって「座りすぎ問題」が解消されることを実証できました。

 

これまで、オフィス空間を変えても実際に何がどう良くなったのかを計測した事例はなく、実際の行動にどんな変化があるのかはわかっていませんでした。でも今回、それを行動データとして示せたのは一つの大きな成果だと思っています。

 

また、今回の検証では解消する必要がなかったのですが、ジャケットを椅子にかけたシルエットが人だと認識されたり、逆に座って動かずに作業をしている人が人だと認識されなかったりなど、少数ですが検出ロスはありました。

 

もちろん、もっとリッチな結果を得たいと思えば、個別にトラッキングする方法もあります。ただ、そういった検出精度よりも全体傾向を掴むことが目的だったので、十分検証できたと思っています。

 

テクノロジーや知見を、施策の効果検証に生かしたい

今回の実証実験は、アカデミックな研究成果をゴールとしていたため、最初からビジネス展開まで視野に入れていなかったのですが、成果として形にすることができたので、今後はサービス化やビジネス化にどうつなげていくかを考えていきたいと思っています。

 

新型コロナウイルスによってオフィス環境はこれからますます変化することが予測されます。今回と同じようなテクノロジーでも見せ方を変えれば、密を避けるためのオフィス設計にテクノロジーを生かせるかもしれませんし、オフィスだけでなく組織の状態を定量的に図っていくことにも展開できるかもしれません。

 

いずれにしろ、今後も「働き方」を軸にして、リモートワーク(オフィスで働いているときとの生産性の違いや成果の出し方やパフォーマンスの違い)や、メンタルヘルスや組織開発など、何かしらの施策による効果検証をしたいと考えています。

 

“計測できないものは制御できない”というフレーズがあるように、計測は重要です。しかし、今回の働き方改革含め、定量的に計測するのが難しい施策やイノベーションは多々あると思います。私たちのテクノロジーと知見を生かすことで、今まで見えなかったものが可視化され、それによって、より良い社会につなげられたら嬉しいです。