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360度カメラ×AIの活用。「Image Molder」が保育や様々な業界を革新する

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2020.12.09

イノラボでは、AIによる画像解析やクラウド技術を組み合わせることで、新たな写真共有プラットフォームが生まれる可能性に着目。その基礎技術として「Image Molder」を開発しました。これは、360度カメラで自動撮影した連写データをクラウド環境にアップロードし、対象人物ごとに最適な構図で平面写真を切り出すもの。そこから人物別フォルダへの分類を自動で行ってくれます。

 

 

「Image Molder」開発を進めた社会課題には何があったのか。プロジェクトを手掛ける植松侑子、比嘉康雄が、開発背景と技術的な課題、今後の展望を語ります。

 

植松 侑子

プロジェクトマネージャー

 

比嘉 康雄

チーフリサーチサイエンティスト

 

AI技術導入による業務改善で、スマート保育を実現したい

「Image Molder」は、写真に写る人やモノから、指定の条件に合った対象をAIが認識し、最適な構図に調整して切り出す技術です。360度カメラを好きな場所に設置すると周囲を連続撮影し、クラウド環境に自動でアップロード。そのクラウド上で、AIが360度の1枚写真を画像解析し、対象人物やモノごとの平面写真を切り出してくれる。撮影から、写真のフォルダリング、共有までを、人の手を介することなく行ってくれる仕組みです。

 

そもそもなぜ「Image Molder」の開発に動き出したのか。
起点は、保育園の待機児童問題でした。

 

イノラボは、社会課題を先端テクノロジーで解決する研究開発組織であり、さまざまなプロジェクトがメンバーの問題提起からスタートしています。本プロジェクトも、日本の少子化につながる社会課題として、保育園の待機児童をなくせないか、保育士不足を解消できないかという思いから、2018年ごろよりリサーチが始まりました。

 

調べていくと、保育士の有資格者自体が不足しているのではなく、その資格を生かして働いている方が少ないことがわかってきました。給料の安さに相反する責任の重さ、業務量の多さから、続けるのが難しい実態が見えてきたのです。

 

実際に、保育士の先生たちが日々どんな業務に追われているのかを深堀りしていくと、子どもたちと向き合う時間以外の書類作成業務が非常に多い。園児一人ひとりを観察して日誌を書き、保護者へのお便りを書き、子どもの写真を撮ってフォルダ分けして保存し、出力して保護者に配り、アルバムを作る…。細々とした仕事が次々に降ってきます。

 

もし、ITを活用して業務効率化が進めば、保育士の方が「また現場に戻ろう」と思うのではないか。そこから待機児童問題の解決につながっていくのではないかというのが、プロジェクト始動時の思いでした。AIに任せられそうな領域として考えられるのは、写真の撮影と振り分け、編集業務、日誌作成業務です。そこで行きついたのが、進化するカメラデバイスを活用した「Image Molder」のアイデアでした。

 

360度カメラの画像データを平面写真に。今までにない発想を形にした

開発途中で頭を悩ませたのは、「人々の心を動かす写真を撮る」難しさでした。

 

技術開発後のビジネス活用を見据える以上、「業務削減」だけで終わってはいけません。多くの保育園は経営資源が少なく、業務削減のためにお金を払って技術導入するのは非現実的です。マネタイズポイントは、「Image Molder」で切り取られた写真に対して、保護者の方が払う対価となる。我が子の写真を見て、「お金を払ってでもほしい」と思えなければ、意味がありません。

 

「子どものこんな表情を見たことがなかった」

 

「子どものいつもと違う一面が見れてうれしい」

 

そんな写真を撮るにはどうすればいいのか。初期段階では、実際の保育園や幼稚園への導入コストの抑制を見据えて安価なwebカメラで始めました。しかしそもそもwebカメラはある一点にフォーカスして撮影するため、周りの背景にピントが合いません。1枚の写真から複数の写真を切り分けるにはクオリティが下がってしまう。

では高解像度のカメラを置けばいいのか、複数のカメラを置いてシャッターチャンスを逃さないようにすればいいのかなど、さまざまな検証を重ねた結果、たどり着いたのが360度カメラ「RICOH THETA」でした。

 

※RICOH THETA Z1にて撮影した360度写真

 

360度カメラを教室内に設置すれば、フォーカスが偏ることなく、その空間の全景色を撮ることができます。カメラを意識していない子どもたちの、生き生きとした表情を抑えられるのです。さらに、カメラを複数台設置するよりもコストを抑えられるメリットもありました。

 

「Image Molder」は、一定のペースで撮影されるよう設定でき、クラウドにどんどんデータがアップされていきます。AIにあらかじめ園児の顔写真を認識させておくので、360度写真に誰が写っているかがわかる。子どもたち一人ひとりが写真のセンターにくるように、平面写真を切り取ることができます。

 

360度カメラの顔認識技術は世の中にたくさんあるでしょう。しかし「Image Molder」が画期的なのは、1枚の写真に写る一人ひとりの最適なアングルをAIが切り出し、平面写真にするところです。360度カメラだからこそ、一人の顔を多角的に捉えることができ、思いがけない表情をした瞬間も抑えている。そこから平面写真の2次元に戻すことで、これまでにない1枚を生み出すことができるのです。そんな発想で360度カメラの技術に注目した会社は今までになく、そのアイデアを形にできたことをとてもうれしく思っています。

 

難易度の高い、AIによる動画解析技術の開発にも挑戦中

2019年12月には、「Image Molder」の実証実験(栃木県・幼稚園型認定こども園まこと幼稚園)を実施し、子ども一人ひとりがフォルダリングされた写真を、スマホのアプリケーションで見られる状態でサービスを提供しました。

「自宅では見せない真剣な表情が新鮮だった」「子ども目線で園の様子を見ることができた」などの声が寄せられたのに加え、多くの要望をいただいたのが、「子どもの動いている様子を動画で見たい」という意見でした。

 

その動画対応技術は、まさに現在開発中で、9月末にはエッジAIで360度動画を処理する技術の開発を実現予定です。

動画の難しさは、AIに「切り取るシーン」を判断してもらうところにあります。例えば、「子どもがおやつを手に取って食べ、食べ終わってにっこり笑う」という動きがあったとしましょう。撮影された動画には、おやつを手に取る前の動きも、そのあとの雑然とした動きも入っているため、“意味のある動き”の始まりと終わりの時点を認識できないといけない。AIにとって難易度は高く、まだまだ実装化には課題があります。

 

保育園の課題に着目し、開発をスタートさせた「Image Molder」ですが、活用範囲はさまざまあるのではないかと思っています。「Image Molder」を搭載した、幼稚園・保育園向けサービスは「こどもメガネ」という名称で開発しています。ただイノラボとしてやりたいことは、「商品を売る」のではなく、「Image Molder」そのものの技術を、業界問わず幅広く展開し、新たな社会課題に向かっていくことです。

 

例えば、運動会や文化祭などの学校行事で、自分では撮れないアングルの写真が手に入るのも一つの価値。休日の旅行先やテーマパークで、帰りには思い出のフォトアルバムができて購入できるサービスも実現できるかもしれません。

教育現場やエンターテインメント業界、スポーツ業界などのほかにも、大量の写真データの分類と共有が必要とされる業界はたくさんあります。写真撮影・編集業務に多くのマンパワーを割かなくても、業務負担なくクオリティ高い作品が出てくる。そうなれば、サービス提供側・受け手側双方にWin-Winが実現できます。ビジネス活用に大きく貢献できる技術なのではないかと考えています。

 

ただ、これらは、あくまでもプロジェクトメンバーで出ているアイデアです。

「飲食領域でこう活用できるのでは」

「企業の従業員エンゲージメント(満足度)向上に活用できるのでは」

など、新たな発想で「Image Molder」の技術活用を考えてくださる方がいて、初めて、イノラボの研究開発は生きていきます。さらに高度なカメラや動画技術を用いて、一緒にオープンコラボレーションを進めたいという方にも、ぜひお会いしたいと思っています。