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「生命とは何か」多様性と持続可能性が問われる世界に必要不可欠な「ALife」技術

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2020.06.21

生命が持つ特有の振る舞いをコンピューター上で再現し、生命の知性や意識が何かを探求する「ALife」。AI技術の発展によって、機械が人間活動の一部を代替する自動化が進む一方で、今後は機械が自ら判断し行動する自律化が重要なテーマになると言われています。そんな今、生命を多角的な視点で捉えて再現するALife研究が注目を集め始めています。ALife研究の歴史から最新事例のリサーチを行い、ALife研究コミュニティのALIFE Lab.と、Alifeの共同研究を進めている藤木隆司、青木史絵の両氏にお話を伺いました。

 

藤木 隆司

藤木 隆司
Vision Tech Lead

青木 史絵

青木 史絵
Customer Success Engineer

 

現代社会が抱える課題の解決は、ALifeがカギを握る

 

ALifeとは、“自然の生命が持つ特有の振る舞い”をコンピューター上で再現し、生命が持つ知性や意識は何かを探求する研究のことです。生命が持つ振る舞いとは、たとえば自己組織化や自己複製、自律性、相互作用、集団形成、行動、進化など幅広く、関連する学問も生物学だけでなく認知科学やネットワーク理論、ロボット工学など多岐にわたっています。

 

イノラボがALifeに着目したのは、AIとは違う価値観を持ち、かつAIに続くような新しい技術を調査したかったからです。技術の進化によって、世の中は自動化や効率化が進みましたが、あらかじめ決められた条件から変わるものにAIは対応できません。

 

自然の生命は「種の保存」のために周りの環境に対応しながら進化を遂げてきたように、変わり続ける条件に対応するためには生命が持つ自律性や進化といった要素が重要になります。そこで、その生命性をコンピューター上に再現するALifeに注目し、その社会応用を目指すALife研究コミュニティの「ALIFE Lab.」とALife研究の歴史や最新事例をリサーチし、共同研究をスタートさせました。

 

まずはALife研究開発を知るための歴史と基礎テーマのレポート、研究者へのインタビューを行い、特設サイトを制作しました。話を聞くなかで特に印象的だったのが、アレックス・ペン氏の「森林破壊や海洋汚染、温暖化など、現代社会が抱える問題解決にはALifeがカギになる」という言葉です。

 


仏教・パーマカルチャー・合気道──複雑な世界と対話をするための「ALife」という哲学

世の中は経済合理性を追求した結果、自動化や最適化、都市化が進みました。そうして快適で豊かな暮らしを手に入れた一方で、たくさんの複雑な問題を生んでしまった。我々が何かカカアクションを考える場合、自然環境や社会を人間がコントロールしようとするのではなく、生き物と捉えて自然なあり方を優先すれば、さまざまな問題は解決できるかもしれない、と。こうした考え方を持つALifeの社会実装は、これからの時代に必要になる価値観だと共感しましたね。

 

インタビューと並行して、中長期に行うALife 共同研究テーマを探索するために「SF漫画からALife技術が実装された“ありうる社会”を構想するワークショップ」を行いました。

 

具体的には、日本の代表的文化として扱われる漫画、なかでもS F漫画にフォーカスし、展開される行動様式や社会基盤、ひいては現代社会における諸問題を絡め、研究テーマを設定します。プロジェクトでは次のようなステップにおいて進行しました。1.「SF漫画エスノグラフィー」2.「テーマの抽出化」3.「現実社会の文脈に重ねる」4.「ALife研究からの着地」です。

 

「SF漫画エスノグラフィー」では、新旧50作のSF漫画を読み込み、そこに描かれた「社会規範」「価値観」「ライフスタイル」「未来課題」「デバイス・サービス」といった要素を5つカテゴリに分類して抽出しました。そして「テーマの抽出化」では要素の生まれた背景をさらに分析し、大きなテーマに合わせて分類・抽象化しながら実社会への転用を模索します。

 

次に、現実社会の文脈と重ねるため、現代の社会課題、または予測される未来社会の課題を洗い出し、抽象化したアイデアと擦り合わせ、現実的なアイデアに転化します。最後に複数のALife研究者の観点を交え、これまでに挙がったアイデアを起点に共同研究テーマを作成します。

 

具体的には、あるSF漫画に描かれた「人に劣等感を感じさせないロボット」の話から抽出した、「個人や群の状態や行動を操作する」という要素に対して、「高齢化社会の課題」「WEBにおけるフィルターバブル問題」「現代政治システムの破綻」「人間活動による環境破壊」といった現実の社会課題と結びつけてありうる未来を探り、そのありうる未来で実装されるALife技術は何かを考えて、研究テーマを導き出す流れです。

 

リサーチプロセス

そのなかで注目したのが、就職活動におけるリクルートスーツやタピオカブームに見られる群的安心感(ひとは、集団の習慣や思考、行動様式に従うことに安心する)です。生命が持つ個性を備えたALifeを実装したエージェントは、小さな集団に対して介入するキーストーン種のように、複雑性と多様性を確保しつつも、大きなムーブメントを生み出す起爆剤となる集団を作り出せないかという議論になりました。

 

そこで「集団の形成メカニズムの分析と介入方法の実証」を研究テーマに設定し、その第一弾として「音のニッチ仮説にもとづくサウンドスケープ生成装置」の開発に取り組みました。

 

都市環境に大幅に欠落した、多様な「音」を生成する仕組み

 

「音のニッチ仮説」とは、生体音響学者バーニー・クラウス氏が立てたもので、「生物の鳴き声は、お互いを遮らないように時間や空間、周波数に一切の重なりがない。生物は音を棲み分けるように進化してきたのではないか」という仮説です。

 

人間中心で作られてきた都市環境では、人間が作り出す騒音によって生物同士のコミュニケーションが取れないため、多様な生物が存在していません。そのため、都市は自然界が生み出す音が大幅に欠落していると言われており、さらに自然界で暮らしてきた人類にとっても、多様な音が存在しない都市環境は心理的・生理的な影響を与えているとも言われています。

 

そこで、その場の環境音を収集してその環境に無い音を発生するマイクとスピーカーを持つ複数のALifeエージェントが、お互いの音を聞き取って進化しながら音環境を作っていく、サウンドスケープの試作機を開発しました。周りの環境に適応して、音の周波数を獲得していく仕組みには、生物進化の仕組みから着想を得た遺伝的アルゴリズムを使っています。

 

環境に欠落した周波数帯域を埋め、多様性のある音環境を作るサウンドスケープが人にどのような影響をもたらすのか、またどのような行動変容を生むのかは、これから検証段階です。

 

多様で持続可能な社会、人と自然が共生できる都市づくりを目指す

 

イノラボでは、SDGsゴールの達成に向けて、さまざまなプロジェクトを立ち上げています。その中でも「住み続けられるまちづくり」の実現に向けて、都市のさまざまな問題に対し、生態系を含めた持続可能な社会をテクノロジーで実装することを試みています。サウンドスケープは検証段階ですが、人だけでなく生物も含めてALifeをインストールしたエージェントとどのような相互作用を生み、新しい現象(創発現象)を創出するのかを検証し、人と自然が共生できる都市=Alifeスマートシティを作る技術に応用していけたらいいなと考えています。

 

ただ、サウンドスケープがALife技術によって自ら進化するように、ALifeは人間がコントロールできるものでも、目に見えて何かの性能が良くなるといった分かりやすい物でもありません。ALife研究者でありALIFE Lab代表理事の池上高志先生も、生命性とは何かという問いに対して、鳥から飛行機を差し引いたものという例えをお話しされています。

 

飛行機は人間がコントロールして飛ぶけれど、鳥は人間の思い通りに飛ばない。そういった必ずしもコントロール出来ないものをどのような形で実装していくかの難しさはあります。

 

それでも持続可能性の観点から、人工物と自然をブリッジする情報技術としてALifeが世の中で確実に求められるはずです。もしかしたら、生命の多様性が維持できている環境を人は無意識に好んでいるかもしれません。目に見えない事象も含めて可視化することで新たな価値を生めるよう、ALifeの根源である「生命は何か」の問いを追求したいと考えています。

 

それから、ALifeの特徴として予測不可能性を前提にしている点があります。今の世の中は科学によって多くのことが予測できるようになりましたし、予測できないことに対して不安に感じることもあります。だけど、ALifeの価値観が浸透して予測不可能なことを前提として考えることが出来るようになれば、多くのことを許容できる多様性に富んだ社会を構築することにもつながるはずです。

 

現在、新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中の人の価値観や考え方は大きく変化し始めています。当たり前が当たり前ではなくなり、より多様な生き方を選択する人が増えるタイミングにあると思うので、いろんな価値観や選択肢を誰もが自由に選べる世界に寄与できれば嬉しいです。

 
 
 

ALIFE Lab. について http://alifelab.org/

 

複雑系科学/ALife研究者の池上高志氏(東京大学教授)、ウェブサイエンス研究者の岡瑞起氏(筑波大学准教授)、コンセプトデザイナー/社会彫刻家の青木竜太氏(ヴォロシティ株式会社代表取締役社長)が中心となって設立された、ALife研究者と他分野の研究者やアーティストとの共創促進を目的としたコミュニティです。本年9月に一般社団法人化し、企業との共同研究やクリエイターとの共同プロジェクトを実施しています。