
個人のInstagram等のSNS発信が当たり前になり、SNSが流行や文化の発信地となりつつある昨今、Instagramを中心としたSNSはマーケティングやプロモーション、ビジュアルによる新しいコミュニケーション手法として活用され始めています。そこでイノラボでは、SNS 映えする写真を選別するAI技術を搭載したWebアプリ「くるり奈良」とMaaSアプリを掛け合わせ、奈良市の訪日外国人観光客(インバウンド)向けの観光MaaS実証実験を、デンソーと奈良交通、ActiveScalerと共同で実施しました。
オーバーツーリズムの解消にもつながる「次世代観光」の概要と成果について、プロジェクトでAI開発などを推進した藤原洋介氏に話を聞きました。

藤原 洋介
Human & Information AIテクノロジスト
インバウンドの課題を、インスタ映え画像 × AI × 観光MaaSアプリで解決
今回の「インバウンド向け次世代型観光MaaS」の実証実験は、もともとMaaSサービスの実証実験として奈良交通とデンソーが検討していたものでした。そこにISIDが参画することになり、ユーザーをMaaSサービスに誘導し、インバウンド観光における行動変容につなげる仕掛けづくりを担当しました。
奈良市が抱えていたインバウンドの課題は、訪日外国人観光客の滞在時間が近接する京都や大阪に比べると圧倒的に少なく、域内消費につながりにくいことでした。奈良市には、東大寺をはじめとした8つの世界遺産があり、毎年多くの訪日外国人観光客が訪れているものの、平均滞在時間はわずか4.7時間。大阪の62.5時間や京都の25.5時間と比べるとかなり少ないことがわかります[1]。しかも、1人1回あたりの旅行消費単価は6,727円で、全国最下位です(東京:98,561円、大阪:62,744円、京都:29,659円)[2]。
出典[1]:国土交通省 近畿運輸局、一般財団法人 関西観光本部、公益社団法人 関西経済連合会の調査結果(訪日外国人旅行者向け 関西統一交通パス「KANSAI ONE PASS」のデータ分析結果を公表します。~訪日外国人旅行者の関西への誘客・回遊促進を目指して~ 平成30年5月16日)
https://www.kankeiren.or.jp/material/180516release.pdf
出典[2]:観光庁 訪日外国人消費動向調査(2018年)
その理由として挙げられるのが、宿泊施設が少ないことと、各観光地へのアクセスが不便で周遊しにくいことです。そのため、訪日外国人観光客はアクセスしやすい奈良公園や東大寺などの有名スポットに一極集中しており、半日程度観光した後は、京都や大阪などの次の観光地を訪れるというパターンでした。
この課題を解決するためにイノラボが着目したのは、Instagramの投稿画像です。Instagramの月間アクティブアカウントは世界中で10億を超えており、旅先の情報やレストラン・ファッションなどの最新情報をInstagramから取得するという行動が、年齢性別に関係なく広がり、特に若い世代では当たり前になりつつあります。実際に数字を見ると驚きましたが、Instagramのアンケートで定期的に旅行をする人のうち、『休暇の計画を立てる際にInstagramを使う』と答えた人は46%という結果も出ていました。
Instagramに投稿されている奈良各所の画像の中から、「映えている奈良の画像」だけをリアルタイムに集めるサイトを作れないか?それができれば、認知度が低い観光地も含めて訪日外国人観光客に提案できるのではないか。――そこで、観光スポットや景色、グルメなど大量の画像を収集し、人が見て映えていると感じる写真は「映え度が高い」ものとしてAIに学習させて、 “SNS映え度”を判定する「インスタ映えエンジン」を開発し、また、AIが抽出したインスタ映え画像を魅力的に伝えるWebアプリ「くるり奈良」を制作しました。
そして、「くるり奈良」にはActiveScaler 社のMaaSアプリ「IMRIDE(アイエムライド)」を連携させ、海外から奈良への誘客・移動・周遊をシームレスにつなぐ「次世代型観光MaaS」の仕組みが出来上がりました。
ユーザー体験の流れ(イメージ)
ユーザーは、「くるり奈良」に表示されている画像の中から気になる画像をタップすると、その観光地の詳細情報を閲覧できます。さらに「この場所に行く」ボタンをタップするとMaaSアプリ「IMRIDE」に遷移して、現在地から目的地までの交通手段の検索や、チケット予約・決済が完了します。
これにより、関西国際空港から奈良市内の目的地まで迷わず行けるようになるのはもちろん、目的地から次の目的地へも「くるり奈良」で簡単に探して周遊できるようになりました。
くるり奈良とIMRIDEの画面イメージ
多くの行動変容が見られた実証実験。課題はSNS映えの基準が人によって違うこと
今回、AIが判定するSNS映え画像を提示したユーザーに行動変容が見られたのは、価値ある結果だったと思います。実証実験の期間は2019年10月から12月までの3ヶ月間で、ネット検索やSNS広告、チラシやポスターのQRコードなどから「くるり奈良」に訪れたユニーク数は2000人以上でした。
そのうち画像をクリックした人は3割を超え、「くるり奈良」の平均閲覧時間も数分程度に達していました。また、画像をクリックした人の8割以上の方に「ここの場所へ行く」というボタンを押してもらえました。
さらに嬉しいことに、他の公共交通機関や地方自治体、地方銀行、旅行会社などからの反響を多くいただきました。今後、さまざまな機関や企業と広く連携できるようになれば、本当の意味で次世代観光MaaSサービスに近づきます。
そこで重要になるのが、郊外にある観光地のラストワンマイル問題の解消と考えています。
たとえば、バスの本数が少なかったり、バスを降りてからのラストワンマイルが、歩くには距離があったりする観光地の場合、そこに行くこと自体に抵抗を感じると思います。一昔前はそうした場合に選択肢はタクシーやマイカー、レンタカーを使う、バスツアーに参加するくらいしかなかったのではないでしょうか。
しかし現在は、カーシェアやシェアサイクルなどの選択肢もあり、そうした情報を組み合わせて行き方を提示できれば、観光客の移動の制約は以前より解消されているのではないかと思います。
また、我々日本人が海外旅行で郊外の観光スポットを訪問する際にも感じるように、訪日外国人観光客からすると、田舎の観光地になればなるほど、旅の最中にフラッと行きたくなった観光地に対して「本当にそこに行って帰って来られるのか」不安を感じると思います。予約しているホテルに戻れないような観光スポットをオススメの立ち寄り先としてレコメンドされても困るでしょう。
そうした場合にあるべきAIの姿は、ユーザー個々の事情をある程度考慮して、交通手段を駆使して無事に訪問できるオススメの観光地を提案することでしょう。すると、このAIは一味違うとユーザーにも感じてもらえると思います。
一方、今回の実証実験で見えた課題は、SNS映えの基準が人によって違うことです。SNS映え画像自動抽出AIは、大量の画像から学習させて開発したのですが、やはり欧米とアジアなどの地域差や、年代・性別などの属性によってSNS映えの基準は違うはずです。事実、同じ画像でも人によってどれくらいSNS映えしているかの評価は異なりました。これが今回のAI開発を難しくした大きな要因の一つです。最近は、大手のクラウドサービスで、既存の機械学習フレームワークでプログラミングすら不要の便利なサービスがあり、画像判定AIなどは誰でも簡単に作れてしまう節があります。しかし、私たちが目指した写真の映え度判定AIはそうしたサービスを活用しても簡単に精度を上げることは難しく、画像分類の中でも難しい問題と捉えています。今回のAIはイノラボが独自開発したもので、学習画像収集からチューニングまで独自のノウハウがありますが、これは企業秘密ですね。
今後、人物の属性情報やその人の傾向も加味した、パーソナライズされた画像を出し分けて、ユーザーにすんなり受け入れてもらえるようにレコメンドをすることが、こうしたシステムの普及には必要だと考えています。
オーバーツーリズムを解決し、旅行以外の領域にも展開したい
人気観光地の一極集中による人混みや渋滞、インフラ問題、環境悪化問題などのオーバーツーリズムは、今までも日本のみならず、海外でも観光に関する問題として取り上げられていました。それが新型コロナウイルスによって、観光客を分散させて密な状態を作らないようにしなければ、そもそも観光自体が安全なものとして成立しないような世の中になりつつあります。
そのオーバーツーリズムの解決にも、今回開発したSNS映えを判定するAIは生かせるはずです。定番の観光地ではなく、隠れたSNS映えスポットやあまり人に知られていない観光地を、混雑情報などを加味してAIが個別にレコメンドすれば、観光客が訪れる場所や時間帯、時期まで分散できると考えています。
また、インバウンドだけでなく国内の旅行者に対しても、混雑情報やナビアプリと連携して、混雑していないレストランやSNS映えする写真が撮れるオススメの観光スポットをレコメンドすれば、旅をアシストできるはずです。MaaSアプリにSNS画像を掛け合わせることで、人の行動変容につながることがわかったので、今後さまざまなモデルを検討したいと考えています。
しかもこれは、AIが「ユーザー」である旅行者と「リソース」である観光地をマッチングさせたり、エンゲージメントを促進させたりする仕組みなので、旅行に限らずグルメやファッション、文化など他の領域にも応用できると思っています。観光の復活にAIが役立ちそうな場所へ「くるり奈良」の仕組みを広めていくのはもちろんですが、他の領域のニーズも探りながら、事業化を検討していきたいです。
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