
製造業や流通業など、さまざまな業界において、熟練された匠の技術がその商品の高い品質を支えています。ですが、それらの技術を習得して匠となるためには長年の修練が必要となるため、後継者の育成が困難であるという課題があります。
そこで、「画像解析技術やAIなどを活用して、匠の技術をコンピューターに受け継がせることはできないか」という「プロジェクト 匠テック」構想を打ち立て、イノラボでは研究活動を行っています。
現在、取り組んでいる具体的なテーマとして、「水産業における天然マグロの品質判定をAIで行う」という研究開発と実証実験を行いました。
水産業における天然マグロの品質はどうやって判定するの?
遠洋でとれた天然マグロは、マグロ漁船においてすみやかに冷凍され、各漁港に運ばれます。とれた季節や漁場、マグロ漁船の設備によって、マグロ自体の品質に大きな影響を与えます。
高い品質のマグロは高級料亭などに送られ、そうでないものは缶詰などの加工食品用に使用されるため、その価格は大きく異なり、品質の判定が極めて重要となってきます。
では、マグロの品質は、どのように判定しているのでしょうか?
天然マグロは、尾に近い部位を切り取り、断面の状態を見てマグロ全体の良し悪しを見極めることができるのです。
「身の色合いは新鮮か」「脂は十分にのっているか」「程良い弾力は保たれているか」など、尾の部位の断面から得られる情報は非常に多く、長年にわたり膨大な数の断面を見て、匠は「品質判定の目」を鍛えてきたのです。
今回の取組みとして、この断面画像と匠による判定結果を数多く用意してコンピューター(AI)に機械学習させることで、コンピューターに匠と同様の判定技術を持たせることを目的としました。
マグロ品質の判定技術をAIに学習させるには?
AIに十分な機械学習を行わせるためには、十分な量の断面画像が必要です。断面画像に対して、匠が実際に判定した品質レベルの情報を付加して、機械学習を繰り返すことになります。これが、機械学習させる上での教科書にあたる、いわゆる「正解データ」となります。
双日株式会社との協業パートナーである静岡県焼津市のマルミフーズ株式会社にご協力いただき、この正解データの準備を行いました。マルミフーズは、マグロやカツオなどの商材を扱っている、業界有数の問屋企業です。
匠の品質判定を記録する
マルミフーズのマグロ工場においては、日々、冷凍された大きなマグロがたくさん運び込まれ、次々とチェーンソーで尾の部位が切断され、マグロ個体の品質判定を行っていきます。
匠の目を持つ担当者がものすごいスピードで品質判定を行っていくさまに圧倒されつつ、イノラボのデータ解析エンジニアがそのスピードに負けまいと画像撮影とデータ記録を行った結果、3日間で約1,000体を超える数の正解データを取得することができました。
正解データから学習を行う
前述のとおり、断面画像から得られる色合いや脂ののり方、身の縮み方といった状態から、匠はマグロの品質を判定します。それらの情報は、「画像の特徴量」としてコンピューターに解釈されます。そのデータが多く蓄積されることで、「こういった特徴量を持つマグロはこういう品質である」と学習していくのです。
こうして、さまざまな学習アルゴリズムを用いた機械学習を試行し、評価を繰り返すことで、高いレベルの品質判定エンジンを作成することができました。
画像解析技術を活用した「TUNA SCOPE」アプリで手軽にマグロの品質を判定
こうして開発された、コンピューターによる品質判定エンジンを利用するにあたって、ひとつ課題がありました。マグロの品質判定の現場は低温の冷凍庫内であり、屈強な職人によって大きな冷凍マグロが次々と扱われる、いわば「戦場」です。
そのため、大きなパソコンなど精密な機械の持ち込みは難しく、なるべく携帯性に優れ簡単に品質判定ができるしくみが必要となります。
そこで、専用のモバイルアプリを開発して、そこに品質判定エンジンを組み込むことで、片手で持ったスマートフォンで簡単に品質判定できるようにしました。
そのモバイルアプリが「TUNA SCOPE」です。
画像解析で匠の目に近いレベルの判定精度を実現
匠の目を持つ担当者の技術を、モバイルアプリ「TUNA SCOPE」はどれくらい受け継ぐことができたのか?
実際に、匠の判定結果と「TUNA SCOPE」の判定結果を突き合わせて、その合致度を評価してみたところ、約80%以上の割合で合致することができました。
まだまだ改善の余地はあるものの、匠にかなり近いレベルでの判定精度に達することができたことがわかります。
前述のとおり、マグロの品質を判定するためには、マグロがとれた漁場がどこか、漁船にどのような設備が備えられているかなど、さまざまな要因が影響します。
そのため、あらゆるマグロを正しく品質判定するためには、さまざまなシチュエーションの正解データをそろえる必要があり、そういう意味では、真の匠に近づくためには、まだまだ道半ばであるといえます。
AIが判定したマグロを実際にお店でお客様に食べていただきました!
匠の目を持つ担当者が「最高級のマグロだ!」と判定したマグロの中から、モバイルアプリ「TUNA SCOPE」でも、自信を持って最高級であると判定したマグロを選別し、お客様に召し上がっていただくという実証実験を行いました。
場所は、東京駅八重洲地下街にある「産直グルメ回転ずし 函太郎Tokyo」で実施させていただきました。
普段は、北海道・函館を中心とした新鮮な魚を堪能できる回転寿司屋ですが、そこに「AIマグロ」というブランディングにて5日間限定で提供していただいたところ、多くのお客様にご注文いただき、見事完売となりました。
また、AIマグロを召し上がっていただいたお客様にアンケートをお願いしたところ、約90%のお客様から味に高評価をいただきました。
「プロジェクト 匠テック」のさらなる研究活動に向けて
熟練された目を持つとはいえ、匠も人間です。匠によって判定基準は微妙に変わってきますし、同じ匠だとしても、その日の体調などでぶれが生じる可能性は否定できません。
そのような中、熟練された匠の目をコンピューターに学習させて、安定した判定結果を実現する「TUNA SCOPE」の活用には、かなりの期待が寄せられています。その期待に応えるべく、品質判定の精度向上に向けた活動を、今後も続けていきます。
また、「プロジェクト 匠テック」と我々が呼んでいるこのスキームは、マグロ判定以外の業種にも展開できると考えています。さまざまな業種において、それらの可能性を探る取組みを積極的に実施していく予定です。
共同実験パートナーについて
この実証実験は、株式会社 電通、双日株式会社および株式会社電通国際情報サービスの共同プロジェクトとして実施いたしました。
また、マグロの加工・販売を手掛けるマルミフーズ株式会社が検品業務へのシステム適用で、また、クウジット株式会社が画像解析技術の提供で協力しています。
「TUNA SCOPE」Webサイト:
「TUNA SCOPE」紹介ムービー:
電通 プレスリリース:
http://www.dentsu.co.jp/news/sp/release/2019/0529-009827.html
双日プレスリリース:
https://www.sojitz.com/jp/news/2019/05/20190529.php
電通国際情報サービス プレスリリース:
https://www.isid.co.jp/news/release/2019/0529.html
マルミフーズ株式会社:
https://www.yskf.jp/company/marumi-foods.html
クウジット株式会社:
text:井原圭吾
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