【微生物×テクノロジー】カビの繁殖の可視化&シミュレーションで新たな価値を創出

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2020.06.15

イノラボでは、微生物 × テクノロジー(機械学習)で解決可能な課題や提供可能な価値の発見を目的に、新たなプロトタイプを開発しました。具体的には、1枚のパノラマ画像から3D空間を再構築する「LayoutNet」の手法で3次元空間を再現し、カビの繁殖を可視化。そこに「カビ繁殖アルゴリズム」を適用して、その空間でカビの繁殖をシミュレーションするというものです。今後、家庭清掃の事業者との協業を検討するなど、事業化を目指す中、プロジェクトを推進している岡田敦氏に、技術開発の背景と課題、今後の展望について語ってもらいました。

 

岡田敦
プロジェクトマネージャー

 

目に見えない微生物を可視化し、繁殖をシミュレーション。人の行動変容は起こせるか。

岡田:

肉眼では存在が判別できない、細菌やカビ、酵母などの微生物。その役割は多種多様で、身近なところでは健康と密接に関係しているとされている腸内細菌が有名です。しかも、トップアスリートは一般の人よりも腸内細菌の数がはるかに多く、また異なる腸内フローラを持っているとも言われています。

 

ただ、微生物は腸内だけでなく、土壌や河川、海、空間などさまざまな場所に分布しているのですが、どこにどのような微生物が繁殖していると良い状態と言えるのか、全体像はまだはっきりとわかっていません。目に見えない微生物の分布を簡単に可視化できたら、何かしらの価値創出につながるのではないか、そんな思いから今回のプロジェクトは始まりました。

 

価値創出とは、たとえば東京都の多摩川とフランスのセーヌ川の微生物分布が同じだったとしたら、それを価値に感じる人はいるかもしれないし、工場跡地で風評被害のある土地が、実は微生物が健康な土壌に分解していることがわかれば、不動産価値が上がるかもしれません。

 

そこで、微生物調査を行なう学生団体のGoSWABと連携して、空間や土壌における微生物分布の計測と可視化の方法を模索し始めました。しかし、期待していた測定デバイスを使うにはハードルが高すぎて、専門知識がないと手軽に分布を測れないことが判明。それなら分布の計測ではなく、テクノロジーを使って空間における微生物の繁殖をシミュレーションできないかと、チームで思考を巡らせるようになりました。

 

そうしてたどり着いたのが、お風呂場のカビでした。目に見えないカビを可視化し、かつそれを放っておくとどう繁殖するのかを簡単にビジュアライズできたら、人の行動変容を起こせるかもしれない。行動変容が起きるなら、将来的にはメーカーや事業者との協業でサービス化することも考えられるかもしれない。――こうした仮説から「浴室のカビ予報アプリ」の開発が始まったのです。
 

アプリを開発するにあたって最初に考えたのが、使い勝手の良さです。面倒な工程があるとユーザーには使ってもらえないので、お風呂場で撮った写真からすぐにシミュレーション画像を見られるような仕組みを考えました。

 

そこでまず習得したのが、2D写真から3D空間を再現する「LayoutNet」の技術。そこに繁殖アルゴリズムを適用して独自開発した「繁殖シミュレーター」を掛け合わせ、iPadで簡単に自宅のお風呂場のカビ繁殖シミュレーションを見られるプロダクトを開発しました。シミュレーション結果は、風呂場を1日〜30日まで放置するとどれだけ汚いのか、30枚の2D画像と3D空間で見ることができます。

 

この繁殖シミュレーターのヒントになったのは、ゲーム業界で1990年代から研究されていたシミュレーションモデルです。ゲーム業界では、現実の世界をゲームやVR の世界でリアルに見せるための研究が進んでいることから、VR領域の最先端を研究している方や、生物学の教授などに話を聞き、また論文を読みあさることで、シミュレーターの元となるデータ取得に至りました。

 

課題は、シミュレーション結果と実際の計測結果には隔たりがあること

開発にあたって苦労した点はいくつかあり、一つは微生物×テクノロジーによって人はどんな行動変容を起こし、どんな価値提供ができるのかがなかなか見えてこなかったこと。議論を重ねた結果、空間や土壌といった広い定義ではなく、お風呂のカビ繁殖シミュレーターという明確なターゲットに振り切ったことは今回功を奏したと思います。

 

次に懸念となったのは、「LayoutNet」は過去のデータを機械学習することで、2D写真から3D空間を再現する技術なのですが、機械学習をさせようにもお風呂場の画像データが少なかったこと。ただ、思いがけず再現されにくい部分が復元でき、微妙なズレもチューニングすることで、違和感をほとんど感じない3D空間が再現されるようになりました。

 

ただ、そうして作ってきたアプリケーションによるシミュレーション結果と、実際の専門家による計測結果には隔たりがあり、実際にどれだけのカビが繁殖しているのかを証明するのは難しいんですね。だから、シミュレーターはあくまで天気予報のような予測アプリであると捉えてもらい、今まで全く目に見えなかった微生物の繁殖を知るための一つの指標として、ユーザーの納得と認知を得られるようになれば嬉しいです。

 

微生物の可視化で見えてきた、今までになかった複数の新しい価値

「浴室のカビ予報アプリ」に使ったLayoutNetの技術は、2D写真から3D空間を生成できるキャッチーな技術ですが、これを何に使うのか、何の役に立てるのかは世界的にも曖昧でした。それが、今回のアプリケーション開発によって、一つの活用事例を作れたことは嬉しかったですし、新たな価値の可視化にもつながったと思っています。

 

現時点では、シミュレーション結果はブラウザからでしか見られませんが、将来的にはスマホのアプリで見られるようにして、洗剤を購入できるECサイトと連携したり、また洗剤にQRコードをつけてアプリと連動させたりなど、行動変容とビジネスの可能性を模索したいと考えています。

 

また洗剤だけでなく、「浴室のカビ予報アプリ」をカスタマイズしてお掃除ロボットと連携させたら、屋内の汚れやすいところ・汚れにくいところがわかって、お掃除ロボットのメンテナンスコストを下げられるかもしれません。シミュレーションを元にお掃除をした結果がどうなのかも計測できれば、シミュレーターの精度を上げられる可能性もあるでしょう。

 

他にも、微生物の繁殖状況からカビにくい物件を評価できれば、不動産の価値付けが変わるかもしれませんし、清掃関連企業や空調メーカー、カビの繁殖を研究している研究者たちと協業できれば、新たな提供価値の可能性が見えてくるかもしれません。

 

とはいえ、現時点ではいずれも夢物語の枠を超えていないので、まずは微生物の繁殖シミュレーションでマネタイズができるのか、今まで見えなかったことを可視化することで、行動変容を起こせるのかを、いろんな企業との協業を通じて模索したい。今回のプロジェクトによって、まったく知見のなかったバイオ系の領域にIT企業が踏み込めることが実証されたので、これからも仲間を増やしながらサービス化や新しいビジネスモデルの検討をしたいと考えています。