CVPR2021での自動運転技術の動向とCASEの展望

detail image

2021年6月、Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR) 2021が開催されました。CVPRはコンピュータビジョンとパターン認識に関する世界トップレベルの国際会議です。本来ならアメリカのテネシー州ナッシュビルで行われる予定でしたが、2020年に引き続き2021年もバーチャル開催となり、イノラボからはオンラインでの参加となりました。

「自動運転」「3D再構成」「姿勢推定」「ヘルステック」などの発表が目につきましたが、 その中でも近年注目されている「自動運転技術の動向」についてご紹介し、CASE<Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)>の視点で技術の普及について考察してみたいと思います。

自動運転技術の動向① -TESLA-

今回、まずご紹介するのはTESLAのフルセルフドライビングシステム(FSD Beta)の発表で、ポイントは以下です。


・現状のFSD Betaは自動運転のレベル2 で2,000ユーザー。

・センサーはイーロンマスクのツイート通り、カメラを重視し、 HDマップ(高精度3D地図データ)やLiDAR、レーダーに頼らない方針。

・サンフランシスコの街中でも利用でき、交差点での右左折や車線変更、路上駐車の回避もドライバーの介入なしで進むことができる。

・レーダーよりもカメラを重視することで、従来に比べ、 例えば進行方向の立体交差の橋に反応して無駄に減速することがなくなり、 路上の障害物に対して早期から滑らかに回避することができるようになった。

・技術的には大規模なデータセットに対してオフラインモデルで精緻に自動ラベリングしたデータセットを用いてオンラインモデルを学習させるのが効果的であったと報告。8つのカメラからの情報を統合する一種のTransformerのようなモデルのアーキテクチャーについても紹介。

この発表で最も印象的な点は、「自動運転の中心となるセンサーはカメラである」と明言されていることです。近年注目されている HDマップ(高精度3D地図データ)やLiDAR、レーダーに頼らない方針とされています。その理由については、TESLAが世界中の市場で多くの自動車販売を狙っている以上、LiDARはコストがボトルネックとなり、レーダーはカメラの画像と一致しない場合にカメラの方が優れているケースが多いからだと述べられています。

デモ動画を見る限り、現状でもレベル3の製品をリリースできるのではないかという印象を受けましたが、製品としてはレベル3の自動運転「システムがドライバーに介入を要求した場合に適切に対応することを前提とした特定条件下での自動運転」に到達していない、つまり高速道路での渋滞時などの特定条件下での自動運転中もドライバーが目を離して、スマホやナビを操作するなどまでは許容できないということになります。

日本メーカーからは高速道路での渋滞時のレベル3の製品はリリースされていますが、海外メーカーは街中の交差点での右左折対応など、レベル2での対応範囲を広げることを重視する方針なのかもしれません。仮にレベル3の製品であったとしても、まだユーザーが積極的に使わない、買わない可能性もあるので、リスクをとってまでレベル3の製品を販売せず、レベル2を販売するのはある意味戦略的な判断にみえます。

レベル3は法的な責任のハードルもあるため、具体的に何がボトルネックなのかまでは発表だけでは確認できませんでしたが、TESLAのEV(電気自動車)は サンフランシスコの街中でも利用できるレベル2の自動運転ができているので、レベル2の製品展開で技術的な土台作りがしっかりなされていれば、将来レベル3以降の競争になった時に巻き返せるのだろうという印象を受けました。

自動運転技術の動向② -WAYVE-

もう一つご紹介するのは、イギリスのスタートアップWAYVEです。GPS、カメラのデータから強化学習で構築した自動運転システムについての発表があり、以下がポイントでした。


・運転判断の難しいロンドンの街中のデータで学習し検証。HDマップなしでも対応可能で、逆にHDマップの情報から得られない障害物などがあったときでも、適切に対応できる自動運転となっている。

・オフポリシーの強化学習(状態や報酬の定義は不明)で学習させ、他社のように細かい交通ルールを読み込ませていないのが特徴

・異なる条件(速度)や様々なエージェントの行動を加味して、12秒先まで予測し、行動を決定 。他の車の邪魔にならないように協調的な運転が可能。

この発表については、「強化学習の場合、負の報酬(交通事故など)のリスクをどのように行動価値関数に学習させたか」という点が気になりました。単純に実装すれば道路上の白線を踏んだ場合に、負の報酬を与えるなどすると、簡易的なモデルは構築できると思います。しかし、それでは効率性を重視するあまり、例えば、崖の近くもギリギリを攻める自動運転になったりしないだろうか?という疑問もあります。

事故のデータやその模擬データがあって、負の報酬をしっかり評価するやり方で事故が起こった時に多大な負の報酬を与えれば、対策にはなりそうです。ただ、人間があらゆる場面の事故の動画を見て学習させなくとも少数の経験や教わった知識と潜在的な危機意識から危険を回避できるように、AIにもそれができるのかは誰しも疑問を抱くと思います。研究発表からだけでは不明でしたが、このような問題に対して、どのような設計思想でどの程度対策が必要なのかという点が気になるところです。

自動運転にディープラーニングのようなAI技術を適用させる場合、よく話題になるトロッコ問題にあるような、「自動運転は多くの通行人の命を救うために、ドライバーの死のリスクをとって、どこかに車を突っ込ませて車を止めるのか?」など究極の問題だけでなく、設計思想としてどうあるべきかという問題は様々な形で存在し、開発者にとって難しい問題であると思います。 世の中に受け入れられる技術となるためには、開発者がユーザのニーズを把握し、それに適合する設計思想で問題、課題が解決されることが重要となるはずです。

CASEの視点1:EVの普及と自動運転

自動車業界の将来に関するキーワードとして注目されているCASE<Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)>のうち Autonomous/Automated(自動化)での自動運転技術の開発は、自動運転のための通信に関わる Connected(コネクティッド)と 自動運転の制御対象である駆動系のElectric(電動化)と関係する部分があると思います。特に電動化については各国がどのような形でEVシフトしていくかを予測するには難しい部分があります。

それは自動車技術に関する過去の歴史をみても、各国の国民性などが普及に影響したと考えられるからです。例えば、日本では、90年代まで存在したスポーツカーブームは排ガス規制の影響により、ドッカンターボなどといわれた過給機を搭載した車は2000年代に姿を消して行きました。そして、居住性の高いミニバンブームやガソリン価格高騰もあってハイブリッド車(HV)のブームが訪れ、最近はスタイリッシュなSUVが流行しています。またトランスミッションについてはATの技術の進化により、ここしばらく日本市場ではほぼAT車が占めています。

一方、欧州では様々な点で日本との違った傾向がありました。昔から日本よりもディーゼル車が人気で近年はクリーンディーゼル技術に磨きがかかり、ディーゼル車特有の振動なども車内では低減され、快適に乗ることができると思います。最近でこそ、ハイブリッド式電気自動車(HEV)の登録台数がディーゼル車を上回りましたが、根強い人気がありました( https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/10/d02c29572bb45db9.html )。またそうした国民性があり、日本でHVがブームの時期に、圧縮比の高い直噴エンジンを搭載したダウンサイジングターボの技術が進化し、排気量を減らしたガソリン車が登場しました。そうした車は、エンジンが低回転でも大きなトルクを発揮できるためディーゼル車のような走行ができ、かつ低燃費という魅力がありました。

また興味深いのは、欧州では日本では当たり前のAT車がなかなか普及せず( https://www.rentalcars.com/en/guides/rental-basics/what-is-an-automatic-car/ )、MT車が売れていたということです。これに対して、自動車大国アメリカでは日本と同様にAT車が急速に普及し、日本だけがAT車が普及したというよりは、欧州ではAT車の普及がなかなか進まず、MT車の人気が根強かったというのが他の先進国と比較すると特有の傾向となっていたようです。その確たる理由はわかりませんが、簡単に調べてみると、MTの方が燃費がよかった、費用が安い、などの記事が散見されます。日本人の感覚からするとATのほうが楽で便利という印象を持ちがちのため、不思議だと思います。また、海外では日本とは逆に古い車の税制優遇措置もあり、古い車を大事に乗る文化が継承されてきました。日本では海外に比べるとそのような文化は薄いにもかかわらず、日本メーカーが作る車は壊れにくいことが海外に知られており、海外の古い車に乗り続ける文化を支えてきたのも興味深い歴史です。

以上のような歴史を振り返ると、CASEのうちのEVシフトについては、内燃機関のダウンサイジングターボの技術の進化と普及に近年は力を入れてきた欧州がHVを通り越して、いきなりEVシフトを目指すというのはこれまで投資してきた内燃機関の技術を活用しない方向に舵を切ることとなり、大胆な変革にみえます。ただガソリン車の新車販売を禁止しても、海外には日本よりも旧車を大事に長く使うという文化があり、国の発電の電源構成に化石燃料が占める割合が低ければ、EVはカーボンゼロに近づくという合理性はあれど、実用面などの理由で、内燃機関のある車を手放せない人がある一定の割合でしばらく存在してもおかしくありません。

また CASEのうちのAutonomous/Automated(自動化)については、トランスミッションのATの普及パターンが非常に参考になると思います。トランスミッションの自動化が世界で最も普及した日本はもしかしたら自動運転ニーズは最も高いかもしれません。欧州でガソリン車禁止政策が発表されるまでは日本メーカーはHV車などに搭載する形での自動運転のレベルアップを想定していたかもしれませんが、世界的なEVシフト政策のトレンドにより、今後の自動運転機能についてはHV車からEV車に搭載するものという考え方をとらざるをえない情勢になってきました。

ただ、EVが初期段階で普及しやすいシーンは充電設備が十分にある市街地、あるいは決まった道を通る通勤や買い物などの近距離走行であり、充電設備の少ない郊外や長距離走行などはリスクがあり、イレギュラーなドライブがありえる郊外への遠出などで走行不能となるシナリオは回避したいというユーザ心理が存在しうると思います。一方、自動運転は高速道路、特に渋滞シーンが最も対応しやすく、地図情報にない障害物が多く存在しうる市街地や狭い道が多いエリアが最も難しいシーンと考えられています。そのような意味では互いに得意・苦手領域が対照的のため、ある程度完成された製品になるまでは普及のボトルネックとなることも考えられます。

CASEの視点2:Connected(コネクティッド)に関するドライブレコーダーの可能性と自動運転

近年、自動車に関する画像処理技術の中で、ドライブレコーダー(ドラレコ)の技術革新が目覚ましい状況です。特に最近のドラレコでは単に事故や煽り運転を録画する役割だけでなく、高度な画像処理システムを搭載した先進運転支援システム(ADAS)も重要な役割となっており、先端技術が必要な分野にも関わらず、自動運転のように車を制御するわけではないので、その参入障壁の低さから、老舗企業だけでなく新規参入の企業も含めた競争が起こっています。さらに将来、ドラレコのデータをオンラインで収集できれば、自動運転開発に大きなメリットをもたらすことになりそうです。

こうしたデータ通信に関するランニングコストはこれまでの自動車販売に想定されていなかったため、新たに加わるコストが問題となります。しかし、巨大IT大手が多大な負担をして消費者のデータを収集するかわりに、その恩恵として消費者に便利なサービスを提供するビジネスモデルを成立させたように、例えば、自動運転システムを提供したい企業がドラレコからドライブ動画などの走行データを収集するために通信料などを負担する代わりに、退屈なドライブに便利なシステムをユーザーに提供するビジネスモデルは存在しえるのではないでしょうか。

そのようなビジネスチャンスのあるドラレコの中で目に付くのは、先進運転支援システム(ADAS)などの一定の機能が搭載されている製品です。日本の場合、老舗メーカーのドラレコのシェアが高いですが、近年は車を制御システムとは独立したドラレコという形であれば、中国メーカーの車線の逸脱検知や衝突検知して警告を行う製品が安価な価格で販売される時代となりました。近年、高齢者のブレーキとアクセルの踏み間違い事故が社会問題となっていますが、ドラレコの安全支援技術もヒューマンエラーによる事故の防止に貢献することが期待されます。

このような視点から、CVPRでもドラレコ技術に関する発表はないかとチェックしていたのですが、新規参入企業が国際学会発表に力を入れていないせいか、今回は確認できませんでした。

以上のようにCVPRという画像処理をメインとした国際学会で自動運転のセッションでは、一見すると、画像処理を使った高度な自動運転のデモ動画や流行りの技術に目が行きがちですが、技術の普及やこれまでにない形での利活用方法については学会で議論されている以上のことを考える必要があるのではないでしょうか。

Text : 藤原洋介